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『頭医者事始』加賀乙彦著

先日、横浜市泉図書館で借りた『頭医者事始』加賀乙彦著(大活字本シリーズ、社団法人 埼玉福祉会発行、3700円)を読みました。大判で重たい本なのですが、なにせ活字が大きいので老眼の自分には、とても読みやすいですが、こんなシリーズがあることを発見でき、図書館通いも捨てたものではない、と楽しくなりました。そしていつものように、タバコに関する記述を以下のとおり抜き書きしましたので、ご参照いただければ幸いです。

【39〜40ページ】
ただ、教授が話している間、半白の白衣のような口髭が空気をせっせとブラシしていたこと、灰皿に置かれたシガレットの灰が2センチほどに伸びて今にも落ちそうだったことを覚えている。

【41ページ】
苔の生えた中にはにはさっきから猫の鳴き声がし、今、ちょうど猫2匹がつるんだところだった。おれは目をそらすのも癪なので、ずっとこの春めいた現象を観察した。気がつくとシガレットの灰は落ちていた。

【67ページ】
外来と病室での仕事の合間には、おれは犯罪研究室に行った。そこに机があり鞄が置いてある。そこへ行くのだが、行ったところで別にすることがない。で、研究室備えつけの電気焜炉で湯を沸かし、紅茶を飲み、タバコを2、3本ふかすと散歩としゃれこんだ。

【86ページ】
「怒るとさあ、本を投げつけたり、灰皿を割ったりするんだってね。二階の踊り場にある戸棚のガラス、破れてんの増田先生がやったんだって。いつだったか怒って自分の眼鏡を割ってさあ、家へ帰れなくなったことがあるんだってね」

【104〜106】
先生は酒もタバコものまない。肺に悪いから先生の前では禁煙だと聞いていたのでおれはタバコはつつしんだが酒は遠慮なくのんだ。あげく、酔ってずいぶん勝手なことを喋りまくったに違いない。----普段無口な熊平が口を開くのは酒の勢いを借りているからだろう。この男は飲み出すと大酒の気があるのだ。俺は賄賂としてタバコ1箱を手渡し、やっとドアを開けてもらった。鞄を持って2人ともすぐ帰ればよかったのに、食後の話が佳境にあった先生とおれは図書室でまた話し続けた。

【123ページ】
要するに日本という国家は刑務所を病院や学校よりよっぽど大事にして、巨費をつぎこんだということがよく分かる。そして、清潔と秩序だ。庭にも廊下にも紙屑ひとつの吸い殻ひとつ落ちていない。

【174〜175ページ】
おれは目の前のマッチ箱を取り、タバコに火をつけようと擦ったとたん手元が狂い、マッチ箱のマッチに点火してしまった。それは徳用大型のマッチ箱で、景気よく爆発音を立てると焼夷弾のように派手に燃え上がった。あわてて立ち上がったがどうしていいか分からない。畳に捨てれば火事になるだろうしと考えていると誰かが水をかけてくれた。

【197ページ】
院長の青葉龍三が姿を現したのは二月ほど経ってからだった。ある朝、外来診療室に行くと長い白髪を肩までたらした何とか一刀斎のような人物が白衣を着て座っていた。おれが挨拶すると、「あー、そう」と言ったきり葉巻をくゆらしていた。

【379〜380ページ】
人が変わったのは本田先輩で、不断のおとなしい紳士がまるで駄々っ子のようになった。灰皿はひっくり返す、ビール瓶は割るで運動神経が混乱したように見えたがそうではなく、何か衝動的に行動をせざるをえなくなるので、ついには病院前の私鉄の駅へ行き、構内のポスターを片っ端から剥いでしまった。

【410ページ】
「----。医局員の質はどうですか」
「質はまあまあだが、変わった人間が多いね。狂った人もいるくらいだ」
「そいつはいいな。狂うくらいなら見所ある」ピカ天はタバコのヤニの真っ黒になった歯を見せてカッカと笑った。

【412ページ】
「まあ問題の多い科だというわけか」ピカ天は、ポケットを探り、タバコがないと言っておれのタバコをねたり、ついでにライターで火をつけてもらうと目を細めて煙を吐き出した。

【425ページ】
見ろ、おれの机の上のきれいさっぱり何も置いてないことを。薬屋にもらった灰皿と洗面道具の入ったカバンと2週間前から読み始めてまだ数ページのドイツ語の本と、それだけだ。

【426ページ】
「何をブツブツ言ってるんだい」と安町が言った。
「いや、考えごとをしとったんだ」おれは胸に落ちたタバコの灰を払った。
「きみはこの頃何だか独語(モノロギー)が多いね」
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『アフターダーク』村上春樹著

10月10日、泉図書館から借りた『アフターダーク』村上春樹著(2004年、講談社刊)を読み終えました。ライフワークにしている「たばこ関連の記述」を抜き書きしました。ブランドで登場するのは、フィルター付きの「キャメル」だけです。たばこの表記は漢字の「煙草」が大半でした。

【6〜7ページ】
テーブルの上にはコーヒーカップがある。灰皿がある。灰皿の横には紺色のベースボール・キャップ。ボストン・レッドソックスのBのマーク。----目の前にコーヒーがあるから、いわば役目としてそれを飲んでいるだけだ。思い出したように煙草を口にくわえ、プラスチックのライターで火をつける。目を細め、無造作に煙を宙にふきだし、灰皿にタ煙草を置き、それから頭痛の予感を鎮めるように、指先でこめかみを撫でる。----ただ1人で本を読み、ときどき煙草に火をつけ、機械的にコーヒーカップを傾け、時間が少しでも早く経過していくことを期待して。しかし言うまでもなく、夜明けがやってくるまでには、まだずいぶん時間がある。

【8ページ】
この時刻になっても通りはまだじゅうぶんに明るく、多くの人々が行き来している。行き場所持った人々、行き場所を持たない人々。目的を持つ人々、目的を持たない人々。時間を引き留めようとする人々、時間を推し進めようとする人々。彼女はそのようなとりとめのない街の風景をひとしきり眺めてから、呼吸を整え、本のページに再び目を戻す。コーヒーカップに手を伸ばす。煙草はほんの数口しか吸われないまま、灰皿の上で端正なかたちのの灰になっていく。

【16ページ】
マリは煙草を取り出して口にくわえ、ライターで火をつける。
「あのさぁ」と彼は言う。「別にデニーズをかばうわけじゃないけど、いくらか問題があるかもしれないチキンサラダを食べるよりは、タバコを1箱数ほうがよほど体に良くないような気がするんだ。そう思わない?」
マリはその問いかけを無視する。

【20ページ】
マリは黙って、煙草を灰皿の中でもみ消す。
「僕にとくに問題があったわけじゃないよね?」
マリは少し考える。「そんなに詳しく覚えてないけど、あなたに問題があったわけじゃないと思う」

【81〜82ページ】
マリはスタジアム・ジャンバーのポケットからフィルター付きのキャメルを取り出し、ビックで気をつける。「へえ、煙草吸うんだ」とカオルは感心したように言う。
「ときどき」
「正直言ってあまり似合わないけどな」
マリは赤くなって、それでも少しだけぎこちなく微笑む。
「1本もらっていいかな?」とカオルは言う。
「どうぞ」
カオルはキャメルをくわえ、マリのライターをとって火をつける。たしかにカオルの方が煙草の吸い方がずっと様になっている。----カオルは音楽を聴きながら煙草を吸っている。身体の力を抜くと、疲労の色がわずかに顔に浮かぶ。

【91ページ】
「このおっさんはさぁ、大体が偏屈なんだよ」とカオルは言う。
「真夜中には真夜中の時間の流れ方があるんだ」とバーテンダーは言う。音を立てて紙マッチを擦り、煙草に火をつける。

【109ページ】
カオルは机の上の煙草をとって口にくわえ、マッチで火をつける。唇をすぼめ、モニター画面に向かって長々と煙を吹き付ける。
静止画面上の拡大された男の顔。

【204〜205ページ】
路上にはいろんなものが散乱している。ビールのアルミ缶、踏まれた夕刊紙、つぶされた段ボール箱、ペットボトル、煙草の吸い殻。車のテールランプの破片。軍手の方方。何かの割引券。嘔吐の後もある。大きな汚れた猫が熱心にゴミ袋の匂いをかいでいる。ネズミたちに荒らされないうちに、そして夜も明けて獰猛なカラスたちが餌を漁りにやってくる前に、自分たちの取り分を確保しようとしているのだ。

【209ページ】
「(乳がんで)母が死んで、3ヶ月後くらいだったっけな。事情が事情だから早期の仮釈放が認められた(父は詐欺罪で刑務所)。当たり前のことだけど、父が帰ってきてくれてそれは嬉しかったよ。もう孤児じゃなくなったわけだからね。なにしろでかくて力強い大人だ。ほっとすることができた。戻ってきたとき、父親は古いツイードの上着を着ていて、ざわざわした生地の手触り、そこにしみた煙草のにおいを今でもよく覚えている」
高橋はコートのポケットから手を出して、首の後ろを何度かさする。

【224ページ】
「コオロギさんは本名を捨てたって言ってましたよね?」
「うん。言うた」
「どうして本名を捨てたわけ?」
コオロギはティーバックを取り出して、灰皿に捨て、湯飲みをマリの前に置く。

【247ページ】
バンドが深夜練習のために使わせてもらっている、倉庫のような地下室。窓がない。天井が高く、配管が露出になっている。換気装置が貧弱なので、部屋の中で煙草を吸うことは禁止されている。夜もそろそろ終わりに近づき、正式な練習はすでに終了し、今は自由な形式のジャム・セッションが進行中だ。

島田雅彦さんの『夢使い』

『夢使い』レンタルチャイルドの第20物語/島田雅彦著(講談社刊)に登場する「たばこ」のシーンを抜き書きしました。iPhoneに音声入力したあと、誤変換を修正したものです。

【14ページ】
ーーその香りは運転士さんに合ってますよ。
ーー恐れ入ります。何やら煙草のヤニとよく馴染む匂いだそうです。奥様は男性に香水をプレゼントする癖があるんですよ。

【37ページ】
普通は忘れるもんだぜ。日記でもつけていない限りな。たかが10日間の記憶、どうだっていいじゃないか。どうせ、ろくなことはなかったんだよ。忘却こそお前の仕事さ。憶い出は恥や痛みと腐れ縁、だろう。そのくされ縁を断ち切るいいチャンスじゃないか。

【124ページ】
隣にいた浮浪者がハイライトをくわえた顔をこちらに向けていた。前歯が1本欠けていて、その隙間に煙草を挟んでいるので、口を開けても、煙草は落ちない。この男は何処からきたのだろう?たぶん、東南アジアの何処からだ。
ライターに火を点け、差し出す。その時、目があった。この男はロンパリ気味で黒目勝ちの目を持っていた。

【142ページ】
カタギリ氏は自分専用の籐の椅子に座り、バイプに火を入れた。壁には全部で20人の子供たちの写真が掛けられており、否応なく目についた。
なんだかこの子たちはみんな死んでしまっているみたいで嫌だわ。------パイプ煙草の甘くて濃い香りが部屋に充満してゆく。

【147〜148ページ】
情報化社会の中で一個のチェスの駒にしかなれない男たちが気の毒になり、またそういう男たちの仲間になろうとしている自分がもっと哀れに思えて、何か体で実感したい、目に見えて、この手で触れることができて、頬ずりとかできるもの、その物とぶつかりあいたくてしょうがなかった。結婚して男とぶつかり合うのは最後の手段にして、ともかく生きている世界も、持っている歴史も、感じている事柄も、全然違う人に手当たり次第にぶつかってみようと思いました。
カタギリは口の左半分だけで笑いながら、そこから煙を出した。若さっていいですなぁと言う声が喉の奥の方から無線で送られてくるようだった。ともかくこの人に気に入られないと、仕事に支障が出る。舞子はカタギリの眼鏡の奥の瞳が怖かった。あれは憶い出したくない過去の方にどうしても向いてしまう眼だ。

【152ページ】
眼鏡の奥の目が光る。何かいけないこといったかしら。甘ったるい香りの煙、むせかえりそう。カタギリ氏はしわがれ声で2つだけ笑った。

169ページ
夜は夜で、ボスの七難しい説教がある。何度も同じことをいうので、芝居のセリフのように丸暗記してしまう。これが意外に役に立つ。そのまま口喧嘩の口上になるし、独り言で呟けば、多少の元気は湧いてくる。
ーーみなしごは腐りきった世界に今一度光を与える。みなし子は利巧な人間の象徴なのだ。
ーーこの世のあらゆる神はみなし子の味方だ。神々を敬え。しかしアテにするのは自分だけ。
ーーみなし子は誰の子でもなく万人の子だ。

【172ページ】
一人でいてもろくなことはない。孤独というのは健康に悪いのだ。分身はそう重いものじゃないなし、携帯していても邪魔にはならない。大方のの宗教は一人の人間の弱みにつけ込んで、神がその人格を保障するという代物だ。それならば、初めから自分専用の神を背負っておけばいい。神なんて友達以上のものではない。

【179ページ】
-----中国系移民のNetworkは底が深い。韓国系も頑張っているが、日本は駄目だ。そりゃ、金は持っているだろうよ。でも、人間同士のつながりは全く外に広がっていかないよ。将来が暗いですよ。特に日本人を背中にしょってる人は今後、苦労するでしょうね。

【209ページ】
自分の役割をあまりに巧みに演ずるので、僕はよく「優等生だなぁ」と彼女をからかった。すると、ペネロピーは力こぶを作って見せて、「要は運動神経よ」というのだった。確かに。子供が頭を使ったところで高梨出ている。ぼくみたいに余計なところで頭を使って、ノイローゼ気味になるなんて効率が悪い。彼女には迷いがない分、僕より数倍、処世術に長けていた。レンタルチャイルドの中では彼女はナンバー1だった。処世術というのは一緒のスポーツであるに違いない。何よりも大事なのは、健康だ。健康でありさえすれば、自身も運も後ろからついてくる。健康プラスリズム。これで無敵だ。彼女の体のリズムは周りの人間に伝染するくらい力強く、病気も殆どしなかった。

【223〜224ページ】
ぼくは以前のように顧客のご機嫌取りをするのではなく、彼らの人間観察に楽しみを見出すようになった。どうすれば相手が喜ぶか悩むより、どうやって相手と遊ぶかを考えた方が面白いに決まっている。7、8歳の頃自分が無意識にやっていたことをぼくは再発見したのだ。
病気が治った後の世界は光で満ちていた。赤はより赤く、喜びはいつもの2倍嬉しく、人々の間は湯上りのようにさっぱりとし、自意識は輝く世界の一部となり、ペネロピーは前より美しくなっていた。

【225ページ】
彼(カタギリ)はどのレンタルチャイルドに対しても同じやり方で教えようとした。一方、ママは個別対応だった。それぞれの性格や素質に合ったやり方でぼくたちを訓練してくれた。そう、ママこそレンタルチャィルドのコーチだった。カタギリはせいぜい、ルールブックであった。

【229ページ】
ミカイナイト、おまえはおまえでペネロピーの分身ピノピノに恋をしていた。おまえはそのことをぼくに隠していたけれども、あの夜のマリファナ・パーティーで全ては明らかになった。煙草とも縁がなかったマチュー15歳の初体験。あの黄緑色の葉っぱは上物だったらしい。当時のぼくのようにまだ青臭さが残る若葉だった。

【262ページ】
しかし、テツヤの中の文明人は人一倍ナイーブで、ひがみっぽかった。仕事が終わって一杯飲み、ホロ酔い気分で外に出たとたん、目に入る全てのものが自分と全く関係がないことに愕然とするのだ。通りを歩くおしゃれな女性も、ブリーフケースを小脇に猫背で歩くサラリーマンも、横断歩道に並んだタクシーやマイカーも、ゴミ捨て場の折れた傘や残飯をあさる野良犬も、遠くの方から聞こえるサイレンも、背後から漂ってくる煙草の煙も。
あらゆるものが自分から離れていく。そんな経験はぼくにもある。テツヤは泡盛に酔うとよく「島に帰りたい」とこぼした。けれども、彼は帰れないのだった。

【281ページ】
千人を数えるのはそう大変なことではなかった。煙草を1箱を吸い切る前にカウンターは千を越える。日によっては交通量調査のアルバイト学生がクビタケと殆ど同じスタイルでカウンターのボタンを押している光景が見られた。

【285ページ】
日本全国、至るところで数百万の人々が酒を飲んでいる光景がフラッシュする。悩みや嫉妬、雨雲のように全身を包む疲労を抱え、愚痴をいいながら酒を飲む姿だ。仕事がうまくいかないとか、上司が気に入らないとか、夫の浮気が許せないとか、いじめられるために学校に行くくらいなら、禅寺に籠る方がましだとか、彼に「自分と仕事のどちらを取るか」といわれ、仕事をとったが、彼を失うのはつらい、今は代わりの恋人も欲しいが、誰にでも愛想よくできないのは私の欠点だとか、あいつは顔もまずいし、仕事もできないのに女にモテるのが気に入らないとか、私は彼女よりも演技がうまいのにいい薬がもらえない、これはマネージャーの陰謀だとか、オレが受賞しないで、あの三文文士が賞をいくつももらうのは納得できないとか…煮ても焼いても食えない文句を排泄しながら、必要以上のエネルギーを貯えるのにガツガツと食う。これは黒ミサなのか?より多くの個人と会うのが今のオレの仕事なら、せめて元気な奴に会いたい。全世界を一人で回転させているような誇大妄想に惑わされたい。躁病は世界の救世主なのだ!

【286ページ】
類は友を呼ぶわけでもないだろうが、スペイン語でブツブツ独り言を言う量産絵画売りと目が合い、クビタケは彼の脇にしばらく黙って立っていた。煙草を勧めながら英語で何処から来たかたずねると、日本語で「メヒコ」と、答えた。彼は愛想が良く、いつも笑顔を絶やさなかったが、縁なし眼鏡の向こう側の目は相手の顔の表情の変化を消して見逃すまいとしていた。慢性の鼻炎らしく、いつも鼻声で、鼻の下は荒れていた。

【288ページ】
アミノ夫人は何が何でも息子を見つけ出すつもりらしい。作戦の総司令官は確信の人でなければならない。不吉な夢を見ても、それを都合よく解釈したり、作り変えたりするのだ。----
ーーオレが鬱病の猿だって?
ーーでなければ、被害妄想の豚だね。あんたは気高い自殺をするタイミングを逃したんだから、もう一花咲かせてみなさい。人生のリアリティーを発明しなさい。それがダメなら死ぬのを手伝ってあげます。
夫人は満足に切腹もできないクビタケの首の皮を1枚残して、介錯してやるだろう。

【325ページ】
ーー浮浪者は一種の透明人間みたいなもんでしょっ。誰も注意を留めませんからね。それに空を飛ぶのは簡単ですよ。私の魂はひょうたんみたいな形をしていて、しょっちゅう飛んでますよ。肉体を飛ばしてみたかったら、高いビルから飛び降りいることですなっ。保証しますよっ。君にも飛べる!
この男はものすごく賢いのではないか。クビタケは態度を改めて、煙草を勧めた。

【326ページ】
煙を鼻から出しながら、浦島太郎はのどかな声で答えた。
ーー平家の末裔同士がこうして偶然に出会って話をしているわけですよ。何か因縁めいたものを感じますなっ。

【338ページ】
突然、背後から男の声。クビタケは思わず頭を両手で抱えて、見知らぬ相手に対して半身になって構えた。
ーーMatch or lighter?
つるんとした机が居酒屋の看板の明かりに照らされて、顔自体が電灯になっていた。相手が白人であることよりも、姿勢が良く、目が輝いていることにクビタケは強い印象を受けた。
ーーAre you alone?
余計なことを聞いたかと思いながら、ライターを差し出す。男は顔を火に寄せる。

【348〜349ページ】
クビタケは呆気にとられているラファエルをよそに口をついて出てきた言葉を書き出していた。なぜか、バンコクで見た蛙料理のショウのことを思い出した。生きた蛙の皮にナイフで切れ目を入れ、端を固定し、電気ショックを与えると、蛙は服を脱ぐように自分の皮からビョンと飛び出すのである。ある時、彼は気味の悪さや生きることのノンセンスに耐える皮剥ぎ蛙に心底感動したのだった。捨て身(捨て皮)の精神の権化を見たように。

【363ページ】
ーーいや、まだ話してないんだ。嵐の孤児と岸壁の母の対面だもん、どっちも戸惑うぜ。そこんとこうまくとりなしてやれるのはあんただけだよ。マチューに会って、岸壁の母のつらかった過去を含めてやりなよ。オレもマチューの記憶は読んだけど、あれじゃ母親の知らないうちに息子は異教徒、それどころか宇宙人になっていたようなもんだぜ。しかし、あの記録は読んでて泣けたぜ。それはそうと間もなくアミノのおばはんは奴隷を解放してくれるさ。オレもご主人様なしでやっていける自信がついた。劇的な親子の対面を見たい気もするが、オレは物語の結末というのがどうも嫌いでね。小説を書いていても、大団円の結末しか思いつかない自分が恥ずかしかったくらいさ。ともかくオレはこの一件から手を引く。

【396〜397ページ】
夫人はアルバムの最後のページを開いて、一度皺くちゃにされた写真をマチューに見せた。
ーーあなたを誘拐したのはこの男です。覚えてますか?
不精髭がむさ苦しい。ジェイムス・ディーンを気取っているのだろうか。煙草をくわえて、振り返りざまにこちらをまぶしそうに見ている。

【402〜403ページ】
空は乳色で、太陽もそのせいで私が白茶けていた。カルフォルニアではきょうも太陽はあっけらかんと輝いているのだろう。春先のニューヨークは一年中で一番美しい。人々が肌の衣替えをするのも春だ。白人の肌は赤みがかった青灰色からピンクに変わる。黒人の肌は乾いた砂の色から艶やかなバイオリンのボディに変わり、オリエンタルの肌は乾いた砂の色から金色に変わる。午後の太陽に暖められた空気が日陰の冷たい空気とぶつかって、目に見えない空気の模様を作る。ビルも道路も木々も車も人も澄んだ空気の中で本来の形を取り戻す。春は色彩や物の形を発見する季節だ。けれども、東京の春はニューヨークの春とは違う。全てがまどろむ季節。太陽も空気も色彩もものの形も。ぼくが東京に上陸したのも春だった。東京はやはりまどろんでいた。

【426ページ】
ミカイナイト、教えて。彼は何処にいるの?子供ができたかもしれないのに。マチューを父親に持った子の将来はどうなってしまうのかしら。レンタルチャイルドの子はやっぱりメンタルチャイルドになるの?本気かどうか知らないけど、マチューは東京でレンタルチャイルド業を始めるといっている。彼はカタギリになって、私がバーバラ夫人になるということ?すると、アミノ夫人がスポンサーになる。冗談はやめてよ。でも面白そう。ミカイナイト、彼に伝えて。「あなたの子を産むわ」って。私も勝手に遊んでやるんだ。クビタケの言い草じゃないけど、偶然を鍋で煮て、楽しむしかない。私は金輪際、夢から覚めないつもりよ。

【覚え書きⅳ〜ⅴページ】
実際、デビュー以来6年間ぼくはまさに土着民主主義の苛立ちを表明し続けできたのであった。そして勝手に遊ぶ美しき青二才による専制主義を文学的に打ち建てようと息巻いてきたのだ。これを苦し紛れの選択と見做さないでいただきたい。ぼくは文句を言う以上、さんざん悩んできたのである。日本に生まれ育ち、日本語を話し、日本円で稼ぐ日本人であるぼくはなぜ日本のよそ者たらんとするのか? 観念的動機? それもあるだろう。ぼくは一貫して"亡命”にこだわってきた。単なるマゾヒズム? しかりといおう。ぼくはいつでもどこでも自ら進んでよそ者になることで密かな快楽を貪ってきたつもりだ。
ぼくがニューヨークに季節亡命する決心をした理由の1つはスランプからの脱出が急務だったから、今1つは土着民主主義に闘争を挑んでいく新たな処世術を身につける必要があったからだ。もっと単純にいえばガッツ(きあい)が欲しかったのである。正直なところ『夢使い』の執筆が軌道に乗るまで、ぼくは未曾有の危機に直面していた。スランプには自覚症状があるが、ぼくは自覚症状のないままスクラップになりそうだった。ツキもプッツリ途絶えてしまったし、新しいテーマを見つけても空しい言葉遊びで無駄に消費してしまったり、頭や体に蓄えた知識や経験も消化されないままに下痢を起こしているいたようなありさまだった。自信は蒸発し、ハッタリが効かなくなるとつまらない心配もした。

☆ 会話の鋭さ、景色描写の広がりに限っていえば、私の個人的な感想ですが、島田雅彦さんは村上春樹さんより上にランクづけできると思っています。というわけで、『夢使い』の抜き書きは終了です ☆

『心が雨漏りする日には』中島らも著

先日、『心が雨漏りする日には』中島らも著(青春出版社2002年10月刊行)を読み終えました。ちょっと長いですが、本書で参考になった文章と、タバコが登場するフレーズを抜き書きしてみました。ちなみに、中島らもさんについては、20年以上も前に、現在は大阪で大学の先生をしているS君から『今夜、すべてのバーで』を強く勧められ、その面白さに圧倒されて以来、エッセイを含めて愛読してきました。本書も期待にたがわず、一気に読み終えました。

【22ページ】
印刷屋のミスというのほ信じられないような箇所に現れる。細かい、小さな文字を間違うことはあまりない。それらりはむしろ一番目立つ箇所の、一番ポイント数の大きい文字を得てして間違ってしまうのだ。「カネテツ」を「カネテシ」にしてしまうのな。

【26ページ】
モミイさんと一緒にいると、いつもその独特のセンスに笑わされた。
例えば、モミイさんはタバコを値切る。
タバコが値上がりするたびに高いと感じる人はいても、タバコ屋で、
「おばちゃん、なんとかならんかいな」
と値切る人をおれは他に知らない。

【103ページ】
まあ、パリのときは他の要素も介在していた。マリファナである。ロケハン隊がちゃっかりマリファナだけは入手していたのである。躁状態で、そのうえマリファナもキメて、だからおれはいつもより過敏に、土地が放つ霊気のようなものを嗅ぎ分けたのかもしれない。
うん、精神状態が良くないときのマリファナもよしたほうがいいな。

【114ページ】
ただパジャマでいたのではどうしても酒と手が切れない。そこで、病院というフゥルターで酒を遮断してもらったのだ。そうでもしてもらわないと、自力ではどうしても飲むのをやめられないほど、アルコールに対する依存度は高くなってしまっていた。

【116〜117】
古来、酒を飲みたいものが弾圧から逃れる方法には枚挙にいとまがないのだ。墓場まで供え物の酒を盗みにいくというのもよく聞くし、どうしてもアルコールが欲しい奴は化粧品だって飲み干すのだ。終わらないいたちごっこである。

【119ページ】
飲まなかった理屈はもう一つあって、劇団の若い役者が、
「らもさんが廃人になってしまう」
と泣いたというのだ。
けれが効いた。人を悲しませてまで飲む必要のある酒がどこにあるのか。
飲み始めるのにきっかけはいらないが、やめるのちは何かが必要だったのだ。これがその「何か」になってくれた。

【136ページ】
じゃあ、タバコはどうだ、ティッシュはどうだ、といろいろ試した挙句、ようやくお金を出して切符を買うことができた。冗談をやっている表情ではなかったはずなので、係員はさぞかし気味が悪かっただろう。思わず「ノー、ノー」と英語を使ってしまった彼の気持ちもよくわかる。

【151〜152ページ】
「人間はもともと球体をした生き物で、それが半分に断ち割られで今の姿になった。だから自分に欠けている片方を探して回るのだ」(プラトン)
新郎新婦様、欠けている片方が見つかってよかったね、英語では配偶者のことをベターハーフなんていうんだよ、これで2人は完全な球体に戻ったね、と俺のスピーチは締めくくられる。
プラトンの言葉は、なにも新婚カップルにだけ適用されるわけではない。それどころか、広く人間一般の本質をついている。多かれ少なかれ、人は何かに依存して生きている。俺の場合は、それがアルコールだったり、睡眠薬だったわけだが、この依存するという行為は自分の欠けている部分を埋めようとする行為なのだと思う。欠けているところがあれば、そこを埋めようとするのは実に自然な感情で、だから人間は何かに依存することで、自分の穴を埋め続けていくのだ。
ギャンブルに依存する人がいたり、恋愛に依存する人もいる。子育てに執念を燃やすそれも一緒の依存だ。仕事、学問、貯蓄----形は違えど、それを取り上げられたらパニックになってしまう対象を誰でも持っている。
開き直ってしまっていいんじゃないかと思う。

【153ページ】
おれの持論なのだが、人間は無数にある選択肢の中で、自分が選べる選択肢だけを選んで人生を生きている。選べない選択肢を選ぶことは絶対にないのである。

【155ページ】
中高年の自殺や青年の引きこもりが問題となっているが、確かに上を見たらキリがない。ただ、下を見てもキリがないのだ。元気な人はたくさんいるだろう。苦しみに苦しんでいる人を見て、なお、
「うらやましい」
と思うくらい苦しい人もいるのだ。
こういうようにイージーに、前向きに考えるようにしている。躁うつ病なんて薬さえ合えば、口惜しいくらい楽になるんだから。
反対にマイナスの思考ではなかなか切り抜けるのが難しいと思う。そもそもマイナス思考から抜け出せなくなるのがうつ病なのだが、それでも「いつかは治る。必ず治る」と自分自身に言い聞かせてやるのが良い。
コピーライターをしていた頃、ある製薬会社のコピーにこう書いた。
「こころだって、からだです」
まさにこの通りだと思う。心も体の一部であると。骨折と一緒だ。胃潰瘍と一緒だ。治る方法はいくらでもある。こう考えるとおれはずいぶんとラクになるのだ。

【181ページ】
夜の12時に起きて、タバコを5、6本吸い、コーヒーを飲み、頭がすっきりしてきたら原稿用紙に向かう。夕方の7時くらいになったら酒と食事を摂る。1日1食は相変わらずであるが、合い間にミルクをたくさん飲む。

【189ページ】
インドはおれも10日間位くらい行きましたけど、やっぱりカルチャーショックですろね。おれが行ったのは5年くらい前ですけど、食堂でカレーが40円くらいだったですね。外国人のヒッピーがやたらにいまして、道でマリファナを吸ってましたね。

【190ページ】
そこはスモーキングクラブと言う6畳1間くらいの板張りの部屋で、そこにインド人の、ほとんどおじいさんでしたかね、みんなでマリファナを吸っているの。チラムという陶器製の逆三角形の形をした道具で吸うんですけど、これは強烈でね。6服目くらい吸ったときに、これはもう倒れる、失禁するというくらいに効いてきたんです。

【114ページ】
ドイツ人の場合には「この苦しみから逃れたい」ということで自殺する方が多いんです。日本人の場合はそうじゃなくて、死ぬことですべて清算する、カタをつけるという感じですね。武士の切腹みたいな意味合いですかね。

人生の棚卸しについて

『人生は50歳から』(三浦朱門著・学研M文庫)を読み終えました。2か所ほど大きな校正ミスを発見しましたが、内容的には自分自身の振り返りになりましたし、軽妙な文章表現も参考になりました。気に入った記述を抜き書きしてみました。

P52
小学校のころから、東大に、あるいは慶応、早稲田に入るために塾に通う、というようなことをしても、その努力は虚しいとは言わないにしても、それは駅まで走ってゆける体力をつくるために、子供の時から、長距離走を訓練するようなものであることを、知っておいたほうがよい。

P66
数学の不得意な子が頭が悪いとは言わない。作家の阿川弘之は旧制高校の入試で数学の成績が悪かった。飛び級してる子だし、入学は1年見送らせるか、という意見もあったが、総合点で及第しているのだから、と入試に合格したのだという。----しかし彼は大学を出て海軍に入ると、米軍の暗号解読の班に入るのである。

P70
(三浦朱門さんが定時制高校で英語を教えていたとき、卒業生に贈ったはなむけの言葉)
「君たちのうちに、英語ができた人もいた。できなかった人もいた。しかし卒業したらそんなことは気にするな。社会人、家庭人としての価値はそんなことにはない。君たちを囲む環境は厳しいかもしれないが、一生懸命に全力をふりしぼって生き、しかも君たちの人生を、そして君たちと共に歩くようになる人たちを愛して、誠実に接してほしい」

P83〜84
練習の国政選挙が始まった時は、25歳以上の、しかも一定間の「直接国税」を収めている男子だけね選挙権が与えられた。
「恒産なき者は恒心なし」
一定の資産のないような人間は、金でどうにでもなるからあてにならない、と孟子は言う。中国の思想であろうか。----
「女子と小人は養い難し」
という言葉もある。つまり女や教養も資産もない庶民はとてもじゃないが、真面目に相手などしていられない、という意味である。儒教はこのように、決して民主主義的な思想ではない。

P89
今日、臨時社員と正社員との間に格差があることが、社会問題になっている。しかし大学では昔から今に至るまで、時間講師と言う臨時教員が、全教員の中でのかなりのパーセンテージを占める。

P108
あらゆる職業で、その職業に従事しているがための、肉体の変形があって、それは「一人前」になった証拠として、それなりに評価されたものであった。

P125
ただ、この年代に20代をしっかり生きてこなかったために、社会のお荷物になる人も現れる。前に30代ですでに、酒のために見限られる男の例をあげたが、対象が同じ女でも勝負事でも同じである。昔から、「飲む打つ買うは男の甲斐性」と言った。女性でも、労働組合の保護もあってクビにならず、結婚もせず、かといって仕事のベテランにもならない、といったOLがいるものだが、彼女らも、密かにこの3道楽に浸っている人が多そうだ。

P138
もっとも近代になったからといって、ストレートに寿命が延びたわけではない。明治の文壇を代表する人として、鴎外と漱石をあげるなら、医師でもあった鴎外が60歳、漱石は49歳で亡くなっている。

P165
子供が十代のころは、彼らの養育や教育に追われて、自分の十代の体験を彼らにかさね合わせるよりも、時代の違いが大きいから、子供を当時の社会状況に合わせて育てることのほうが多かった。
しかし子供が結婚して自立し、人の親になると、少なくとも家庭人として、彼らの現在を過去の自分に投影することができる。父として、母として、また幼児を育てる親としての体験は、世代や時代を通じて、そうそうは変わるものではない。
うちの息子、あるいは娘も、あの頃のオレ、あるいはアタシと同じ悩みを悩んでいるし、しかも見当違いに楽天的になっている、といったことが見えてくる。同時にそのように思う自分に、自分が若かった頃、60歳だった自分の親たちの気持ちや生活を投影することもできる。

P219〜220
「はい、喫煙は喫煙所でどうぞ」
「お若い旦那がた、ここは老人、妊婦、障害者の席。立って、立って」
などとやって、いやがられるならまだよいが、殴られたり、刃物で刺されたりする老人がたまに新聞種になる。

P237〜238
「出エジプト記」によると、モーゼというカリスマ的指導者が現れ、奴隷であったユダヤ人を連れて、エジプトから解放するが、ユダの荒地で40年を過ごす。そして約束の地であるカナンを遠く見渡せる地で、モーゼは永遠の眠りについたとされる。
何故、ユダの荒れ野のような、食料どころか、木も乏しい土地で40年も過ごしたのだろう。その辛さに耐えかねて、こんなことなら、エジプトで奴隷でいたほうがましだ、とモーゼに背く者たちさえいたのである。それは奴隷として生きたものは所詮、奴隷であって、約束の地に行っても、自由人として生きることはできない。それでモーゼは奴隷として生活した者たちが死に絶えるのを待っていたのだという。

P239〜240
1828年、オランダ人と称して、来日したシーボルトなる医師が、鎖国日本の秘密を持ち出そうとしたとして、関係者とともに逮捕、幽閉され、翌年、国外追放になる。しかし彼は帰国後、日本についての書物も出版して、その抄訳は英訳もされたから、当時の先進国の間で、日本への関心は一挙に高まった。

P260〜261
----1985年に、ソ連ではゴルバチョフが書記長になる。彼のさまざまな施策にもかかわらず、社会主義政権の経済の破綻は冷たい戦争の終結と、東ヨーロッパ地区の社会主義政府の解体、自由主義圏への移行となり、ソ連すらも解体する。
日本ではバブルの崩壊、ドルの威信失墜もあって、中近東で戦乱が起きる。
だから自分の生き方を決定するなら、大きな社会の流れを見る必要がある。----

P262
考えてみると妙なものである。もし私が父と同じ年齢まで生きるとすると、わずか20年ほど働いただけなのに、半世紀近くも年金を貰うことになる。年金について言えば、43歳の私は、まだ生活力は10分あったのだから、給付は22年待っても、いや、30年後であってもよかったのである。
その意味で、50歳以降の自分の生き方を考えるとき、やはり時代の大きな節目を読みきっていなかったという悔いがある。

P269
ヨーロッパ人の労働を忌避する感情は、キリスト教、その旧約聖書の神話に由来するかもしれない。「創世記」によると、最初の人間であるアダムとイブは、ヘビの誘惑に負けて、知恵の木の実味を食べた。神の怒りを買って、エデンの園という楽園を追放される。そして神の戒めを破って、知恵の木の実を食べた報いとして、イブはお産の苦しみを、アダムは妻子を養うための労働の苦しみを課せられることになった、という。つまりキリスト教の中に、労働を神の罰、人への呪い、苦役と見る思想がある。それだから、労働をできるだけ避けようというのであろうか。

P270
近世になって、中国に勤務したヨーロッパの外交官が、汗まみれになって、テニスをしているのを見て、中国の高官が、
「そんなきつい仕事は、召使いにやらせればよいのに」と言ったという。
中国の身分がある人は長袖の服を着て、手が出ないようになっていた。だから汗まみれになってラケット振るうヨーロッパ人の気持ちが理解できなかったのであろう。----
スポーツか、労働かしらないが、とにかく人間、全力をふるってやるべきことを、肉体と精神が許す限り、実施することが、ことに50歳を過ぎてからは必要である。50歳までは、仕事という、自分の存在意義を明らかにするような、それによって、自分の能力を磨き、自己実現を行うという気持ちがあってよい。

P277
老いさらばえて、寝たきりになると、子供たちは決して頼りにならないことは覚悟したほうがよい。当てになるのは、全く血のつながらない配偶者だけである。結婚して10年も経つと、いったい、何でこんなのと結婚したのかと不思議に思うこともあったのに、結婚して半世紀が近くなると、気分が分かり、老いた肉体を引きずって生きる要領が分かり合えるのは、やはり配偶者なのである。



「芸談・食談・粋談」(中公文庫)お終い

その9は「お終い」最終回の175ページです。私もこのコンニャクで、一杯やりたいです。

(3代目小さん師匠の奥さんの料理)
(小さん)コンニャクを千六本にきざんで、唐がらしをいれて、油でいためて、醤油で煮るだけなんだが…。
(興津)やっぱり手がこんでるわけだ。たしかに酒の つまみにはいい。

「芸談・食談・粋談」(中公文庫)その8

その8は、料理に関する157ページと169ページです。

157ページ(銀座天一の職人)
お客さんが揚げる天ぷらは、油で煮てるんで、うちのは油で揚げてるんだ」
169ページ
(興津)おにぎりに味噌つけたやつもうまい。こりゃあ焼いても焼かなくても結構いける。
(小さん)いい米をえらんで、釜で炊いて、手でよくにぎったむすび、これが食えれば理想的なんだけどね…。

「芸談・食談・粋談」(中公文庫)その7

その7は151ページ、お寿司のお話しです。

(興津)江戸時代ではあたらしいまぐろはなかなか食えなかったし、すっきりした味の好きな江戸っ子たちには、脂肪分の多い さかなは敬遠されたっていうから、高級じゃなかった。
(小さん)江戸時代には、まぐろを食ったことをひとにはなすときには、ないしょばなしでいったそうだから…。

「芸談・食談・粋談」(中公文庫)その5


その5は82ページ 、4代目小さん師匠が弟子を武者修行させるにあたって、その目的を述べた言葉です。図々しさと色気ですか。ずばり、私に最も欠けていることかも知れません。

82ページ
「芸は、ずうずうしくなくちゃいけねえ」って。「お前の芸には、ずうずうしさがない。色気がない。だから、金馬のとこへいって、そのずうずうずしさをおぼえて、文楽のとこいって、その色気を覚えてこい」って、まぁ、そのときは、そういわなかったけどけども、あとでそういいましたよ。

「芸談・食談・粋談」(中公文庫)その4

その4は79〜80ページ 、4代目小さん師匠が5代目小さん師匠に、芸事の奥義を語って聞かせた言葉です。61歳ともなると人生の下り坂、上りよりも下りの方が、楽なようで難しいとよくよく実感させられますね。

79〜80ページ
芸ってものは、あがるだけあがると、そこでとまるんだ。あと、急激に落ちるか、なだらかに落ちるか、どっちかで、もう、どんどん、どんどんあがっていくってこたはねえ。あがるとこまであがって、その人の限界がくれば、もう、そこでとまるんだ。「あの人の芸は枯れてきた」ってのは、これは、ことばをていねいにしてるんで、枯れてきたんじゃねえ。体力的にも、しゃべることにも、だんだん下り坂になってきたことなんだ」
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