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今年の池袋の桜、ハトが花びらを食べていた…

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○ 3月26日(日)、朝5時半に起床し、田町の職場で一仕事片付け、山手線で半周先の池袋まで向かった。どうにか集合時間の午前9時過ぎに、目的地に到着することができた。詩吟のイベント会場へ入る前に、公園で一服しようと思っていた。東口から徒歩で雑踏を抜けたら、公園の桜が咲いていた。桜の花の下で吸うマイルドセブン・スーパーライトは、ことのほか美味しく感じられた。

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○ ハトたちが、公園の土の上に風で落とされた桜の花びらを食べていた。はじめは、エサと間違えているのだろうと思ったが、実際に花びらを飲み込んでいたハトがいたから、きっと食べていたに違いない。公園の周囲に植えられている桜が咲き始めると、ハトも人々も、街の雰囲気もいっぺんに華やいでくるのだから、やっぱり桜は日本の国花だと再認識したのである。
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ハムスターは、わが家の守り神なのだ!

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○ ハムスターの「ボン」が長生きの末に、大往生を遂げたあと、幼子ハムスターの「クー」は1週間もしないで急死してしまった。そらからというもの、わが家には致命傷ではないけれど、悪い事が重なっていたのである。子どもが足に怪我をして、ギブスを付けている。ゴルフ場の紅梅は美しかったが、気分の悪い想いだ残り、あのゴルフ場には二度と行きたくない。

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○ 3月中だとゴルフ場は割安なので、再度、土曜日に予約を取ったが、前日に思いがけないトラブルに見舞われ、キャンセルせざるを得なかった。「これはきっと、ハムスターを飼わないからだ。やはりハムスターが守り神だよね」と家族一同の意見が一致した。何とも単純だけれど、そんな元気づけの手法も「有り」だと思う。

○ 昨日、妻子が「『クー』と同じ種類のハムスターを1480円で買ってきた」という連絡を受けていたので、上京していた私は、帰宅するのが楽しみだった。でも、その前に、私にとって唯一の知り合いの車掌さんが、偶然にも乗務することになっていたらしく、東北新幹線のホームで出くわしたのである。聞けば、乗務することが好きで車掌になったが、4月上旬からは管理部門で働くことになったという。「そうなると、もう新幹線乗務はできなくなります」と述べていた。

○ 私は「そうなんですか。でも管理職になられるんだから、良かったですね。おめでとう、がんばって下さいね」と、素直に嬉しかったのである。小山駅のホームで、車掌室から顔を出したAさんと、「どうも、どうも」とあいさつし合ったのである。「不思議なこともあるものだ、日曜日のあの時間に、ホームで出会うなんて」と思いながら歩いていたら、自宅近くで、こんどはNさんと出くわしたのである。少し立ち話をさせていただいたが、偶然の連続に、何かとても嬉しい気分になれた。

金正日さんの糖尿病報道について

○ 昨日、WBCの日韓戦は面白かった。「この借りはワールドカップでお返しする」と元気な声でインタビューに答えていた若い女性させ、好ましく見えたのは、やはり勝った余裕のなせる技なのだろうか。ところで、そのあとのテレビで報道番組を見ていたら、北朝鮮の建国者であった金日成さんと同じく、どうやら金正日さんも重度の糖尿病と心臓病を患っているらしい。「糖尿病」の各種症状について、日本の専門医がこと細かく解説していたけれど、私は思いあたることが多く、とても他人事ではいられない心境になったのである。

○ 臀部はもちろん、胸部のあたりも張りがなくなってきたし、目の下のたるみ具合も目立ち、水虫は冬になっても治まらず、ゴルフで出かけた翌日の疲れ方も尋常ではないのだった。粘り強さが心情であった自分なのに、集中力や根気が著しく衰えていることに歴然とする想いなのだ。糖尿病患になりかけている自分だから、警告の意味からも良い番組だった。いたずらに長生きはしたくはないし、亡き母が苦しめられた糖尿病について、もっと深刻に受けとめようと痛感したのである。それにしても、同情しちゃうほどに、本当に金正日さんはやつれたね。

歌は読むように、舞台の科白は歌うように…

○ 僕は音感がすこぶる悪く、詩吟教室へ通うまで「日本語にもアクセントがある」ことを知らなかったし、詩吟の先生から今でも音程の乱れを指摘され続けている。カラオケでは演歌の中でも音域が狭く、テンポの単調な曲しか歌えなかった。北島三郎さんものでは、テンポが速くリズム感のある「薩摩の女」をやっと歌えるようになったが、ゆったりとした曲は苦手であり、かえって一語一語の発音がむずかしいのである。それでもどうにか、今は「年輪」や「斧」をそれなりにこなせるようになってきた。

○ 同じような傾向としては、小林旭さんのゆったりとした曲調の「熱き心に」と急テンポの「自動車ショー歌」がまるで歌えないのである。しかし、「ショーがないね節」というアップテンポの曲を聴き、自分に合ってそうだったのでトライしてみた。初めは身体がついていけず、メロメロになってしまったけれど、何とか人前で歌える感触を得たので、先日、仕事仲間の前で初めて歌ったのである。結果は「大成功!」のようだった。ドキドキしたけど、身体は喜んでいた。

○ テレビを見ていたら、「歌は歌うのではなく語るものであり、舞台の科白は語るのではなく歌うもの」らしいことを教えられた。逆説的であるが、けっこう説得力がある。詩吟教室の先生も、「漢詩や和歌の読みが大事なので、素読を欠かさず練習して下さい」と繰り返し述べておられた。たしかに、流行歌においても耳を澄まして聞けば、一語一語の発音や発声がしっかりしているのだった。お稽古ごと、流行歌とはいえども、奥が深いものだと実感しているのである。

暖かくなってくると、身体も動きたくなる…

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○ 昨日は暖かかった。身体も動きたくなってくるらしく、庭へ出てゴルフの素振りを念入りにやってみた。汗ばんでくるのが心地いい。ついでに、目についた雑草も抜いてみたところ、表面にはか弱そうな雑草でも、びっくりするほどの根っこが伸びており、トカゲの尻尾切りにように、途中で抜けないように折れてしまうものなど、雑草は雑草なりにリスクヘッジをしているのだ、と感心させられた。

○ そして、今朝、利根川や荒川の川端柳を見たら、あっという間に鮮やかな新緑に変わっていたのである。川は風の通り道でもあって、細長い柳の枝が風のなびく姿は、まるで形のない風に代わって、私たちに風の存在感を知らせてくれているようだ。天気予報の根本さん(TBSの朝ズバ、写真集も出した予報士)によれば、昨日の暖かさによって蕾が大きく膨らんでいるそうだ。

年度の区切りとしての3月は…

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○ 地下鉄の「赤羽橋」で下車し、定期健康診断の再検査を受けるために、病院へ向かう途中、「なかのはし」という道標を見つけた。首都高速道路の真下に川が流れ、「なかのはし」という橋がかかっている。同じく、首都高速の真下にある日本橋は、昔の姿に戻そうとする動きがあり、再開発の目玉になろうとしている。橋は江戸の人々の日常会話にたびたび登場し、旅人にとっては道中の区切りとして大きな意味を持っていた。そんな区切りの感覚、現代人にはなかなか実感がなくなったよね。

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○ この2つのレリーフは、職場近くのモダンな居酒屋に飾ってあったと記憶している(小山市内のマンガ・インターネットカフェ、だったかも知れない)。これもまた、ひとつの区切りや目印として作成されたものであろうし、現代の私たちの心を引く雰囲気があって、思わず携帯電話のカメラに納めたのである。人生50年と言われた時代が、ちょっと前までの日本だったことは間違いないし、そういう意味では、もうすぐ53歳になる自分にとって、現在および未来は「おまけのようなもの」だから、肩の力を抜き、正直に生きていきたいと思うのだ。

「風雪流れ旅」は、古賀メロディなのよ…

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○ 私は、北島三郎さんの歌が好きで、たくさんの曲目を覚えようとしているが、何度トライしていも調子を外してしまう苦手な曲も多い。その代表的なものが、『風雪流れ旅』であった。最近、あきれ果てたカミさんが、改善点についていくつか指摘してくれた。とくに、「大きな声を出すことだけではなく、この曲は古賀メロディみたいに、悲しい音階で歌う」という点を意識して練習したところ、「人前で歌ってよ~しっ」とカミさんから合格のサインをもらうことができた。

○ 画像は明治神宮の鳥居であるが、詩吟の免状授与式が開かれるので、毎年2回、この鳥居をくぐっている。演歌とか、民謡とか、詩吟とかいう日本的な謡曲は、現在の若者はもちろん、中年の方々にもとんと人気がなく、CD販売、レンタルショップのコーナーでも縮小の一途にあるようだ。でも、私は年齢とともに、ますます日本的な謡曲は言うに及ばず、暮らし方から生活の知恵に至るまで、きちんと日本的なものを感じ、後世に伝えたいと願うようなっているのだ。
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