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年度の区切りとしての3月は… |

○ 地下鉄の「赤羽橋」で下車し、定期健康診断の再検査を受けるために、病院へ向かう途中、「なかのはし」という道標を見つけた。首都高速道路の真下に川が流れ、「なかのはし」という橋がかかっている。同じく、首都高速の真下にある日本橋は、昔の姿に戻そうとする動きがあり、再開発の目玉になろうとしている。橋は江戸の人々の日常会話にたびたび登場し、旅人にとっては道中の区切りとして大きな意味を持っていた。そんな区切りの感覚、現代人にはなかなか実感がなくなったよね。


○ この2つのレリーフは、職場近くのモダンな居酒屋に飾ってあったと記憶している(小山市内のマンガ・インターネットカフェ、だったかも知れない)。これもまた、ひとつの区切りや目印として作成されたものであろうし、現代の私たちの心を引く雰囲気があって、思わず携帯電話のカメラに納めたのである。人生50年と言われた時代が、ちょっと前までの日本だったことは間違いないし、そういう意味では、もうすぐ53歳になる自分にとって、現在および未来は「おまけのようなもの」だから、肩の力を抜き、正直に生きていきたいと思うのだ。
