| 11/30 | |
今夜の「Dr.コトー診療所」 |

* 靖国神社から枝分かれしている都道府県の護国神社
○ 中島みゆきさんは、きっと詩人なのだと思う。想定外の単語と単語を力技(ちからわざ)で結合させ、独特の節回しで一つの世界観を展開するのだ。最近、僕はV6の「宇海(そらうみ)」に加え、中島みゆきさんの「銀の竜の背に乗って」を通勤時間帯に聴いている。どちらもテレビドラマの主題歌で、中島みゆきさんの作詞・作曲の歌である。とくに、今夜はフジテレビで「Dr.コトー診療所」が放送された。
○ 月曜日の「のだめカンタービレ」、火曜日の「僕の生きる道」そして今夜の「Dr.コトー診療所」と、今秋のテレビドラマは質がいいと思う。続けては見ていないけれど、日本テレビの「14歳の母」も面白いぞ。中島みゆきさんの声が画面から聞こえてくれば、「Dr.コトー診療所」の終わりである。今夜は胃がんから内臓全体へ転移した患者が、抗がん剤治療と本人の生きる意志が奇跡な回復につながった話である。
○ がんの告知、余命宣告など、むずかしいテーマではあったけれど、数少ない事例とはいえ現実にもあることだし、ドラマとしてのつくりとしては、あんな救いやハッピーエンドも良いだろうと思ったのである。中島みゆきさんの詩は、冷静に言葉の流れを分析していくと、けっこう破綻しているともいえるが、なぜか感動的なのだ。というわけで、この際、中島みゆきさんの歌の2〜3曲を暗記しておきたい、と思ったのである。
| 11/29 | |
いいね、いいね、「僕の歩く道」 |

* 遊就館内のゼロ戦
○ 最近のテレビドラマは、フジテレビを中心として、近年になく面白い。昨夜の「僕の歩く道」も最終回に向かって、ますます盛り上がりを見せいている。今回は、静止画面的なシーンを多用していたにも関わらず、一瞬の緩みもなく、省略された画像の展開が見事だった。月曜日の「のだめカンタービレ」や、木曜日の「Dr.コトー診療所」とは違った意味で、僕にとっては長く記憶に残るテレビ番組となるに違いない。
○ ときを同じくして、先日、ミニ同窓会で知り得た情報から、同郷で思想信条は若干異なっていたが、学生時代にいろいろと議論したことのあるTくんと、無性に会いたくなった。それは、「僕の歩いてきた道」で30年ほど前に出会ったことのある旧友だったが、昨夜、Tくんの職場をWebで探し出し、僕の近況報告を兼ねたメールを送信してみた。返事が来れば嬉しい、今年中にでも軽く飲めればもっと嬉しいだろうなー、と楽しみにしているのである。
| 11/28 | |
競輪場の入口に幼子を背負った女性… |

○ かれこれ35年も前に、僕は田舎から上京し、水道橋のビアレストランで短時間のアルバイトをしながら、小石川の2食付の学生寮に身を寄せ、学生生活をおくることになった。アルバイトを終え、坂道の多い小石川の学生寮まで、文京区民センター脇からのコースを基本に、いくつかのルートを見つけたが、僕は「れきせん公園」で一服したり、伝通院の庭の草花を眺めたりしながら、ゆっくりと歩くことが好きだった。当時、文京公会堂ではTBS系列「ドリフターズの全員集合」の公開録画があって、それを見ようと訪れた人たちの行列が今でも記憶に残っている。それから、現在の東京ドーム付近には後楽園球場とともに競輪場があった。美濃部都政の「公営ギャンブル廃止」の公約によって廃止になったが、新しくできた東京ドームでは、すぐにでも競輪が再開できるようにバンクが地下に格納されていると聞いている。
○ 競輪場を通り抜けるのが、僕の近道だった。休日のアルバイトを終えた夕暮れ時、その近道を行こうと思って歩いていたら、競輪場の入口で幼子を背負った女性を見かけた。日常生活に疲れたような表情だったので、僕は「きっと、競輪好きの夫でも待っているのだろうなー。ギャンブルなどしないで、家族そろって楽しく過ごせばいいのに」と同情したのである。そして、競輪場内に入ったら地面が見えないほどの外れ車券に目を奪われた。これだけの車券を無駄にして、実際の車券に換算したらすごい額になることだろうし、入口で夫を待つ親子みたいな悲しい姿はなくなると思った。そんな残像の積み重なりもあって、僕はその後、社会運動への共感を強くし、実際の運動に携わることになったのかな、と考えているのである。あの頃の記憶は、ずっと封印してきたようになっていたけれど、先日のミニ同窓会で後輩たちと飲み、さらにはKMくんの奥さんとお話しができ、湧き出てくるような感じで、たくさんのシーンがよみがえってきた。皆さんに、感謝を申し上げる次第である。
| 11/27 | |
それぞれの「遥かなる約束」って、あるよね… |

○ 先週の金曜日(11月24日)、大学のミニ同窓会へ出席し、30年近く合っていなかった友人たち、そして若いときには話す機会の少なかった後輩たちと会って、とても感激したのである。延べで11人も参加し、年齢的には僕が上から2番目だった。入学年次で言えば、自分が一番上で、卒業年次からする「そうでもない」のは、私が2年間も留年を余儀なくされたからだ(卒業後、10年間ほどは「また、留年なのかあーっ」という夢を見て目を醒ましたものだ)。
○ 50歳を越えた学友たちが、半数以上を占めていた。それぞれの個性は変わっていないし、無邪気な表情に「元気」をいただいた。日常的な毎日が、時を超え、あの頃の純真な気持ちに立ち返るひと時だった。あの頃、みんなで約束し合ったこともある。11月25日(土)にフジテレビで放送された「遥かなる約束」ではないけれど、「約束の奇跡」か「奇跡の約束」か、そんな約束が一度だけの人生だもの、あっていいと思うのだ。堅実的生活、保身とはまったく無縁な一時期を共に過ごした事実は重い。
○ ところで、「遥かなる約束」のソビエト連邦やロシアについては、Mくんが1年ほどソ連に留学していたことを、僕は初めて知った(おそらく、知っていたけれども忘れてしまったに違いない)。「いや、途中で呼び戻されたから10か月ぐらいだったろう」という声があり、僕がすかさず「十月十日(とつきとおか)かあー」と応じたら、けっこう「うけた」のである。来年早々に86歳となる父は、いったんはシベリアへ送還されたが負傷兵と一緒に、あるときは毛沢東軍にもぐり込み、朝鮮半島をめざし、敗戦前まで軍務についていたピョンヤンでは金日成の軍に紛れ込んだりして、いち早く帰国を果たしたと聞く。
○ 軍隊時代には「麻酔がもったいないから、なしで切る」と軍医に言われての盲腸手術、「あれは人生で最高に痛かった」と述べていたし、シベリアからの逃亡生活も悲惨な経験であったに違いない。途中で、父の「帰国するぞ」という自分との「遥かなる約束」、それなしに今の僕はない。さて、父が元気なうちに「ぜひ取材をしておきたい」と思っているのだけれど、「父にだって、お墓まで黙って持っていきたいこともあるだろう」と、ためらっているのが正直な気持ちである。そんな僕も実は10日間ほど、仕事で崩壊寸前のソ連へ出かけたことがある。遅い結婚が決まりかけていた時期だった。あれから20年も過ぎたことになる。ヤレヤレ、人の道とは厄介なものだなあ。
| 11/26 | |
長兄の入学祝いの腕時計をなくした水道橋… |

○ 留年していたとき水道橋で途中下車し、駅前の「みとや」でパチンコをした。かなり負けたと記憶しているが、それ以上にショックだったのは、長兄からもらった入学祝いの「セイコー」の腕時計をパチンコ台に置き忘れ、戻ったときにはなかったことである。5年ぐらいは使ったのだけれども、信念が崩れそうになっていた自分に、少なからず腹がったという苦い思い出なのだ。
○ 西洋かぶれ、観念先行、行き当たりばったり、人に厳しく自分に甘い、劣等感という言い訳に酔って、中途半端な自暴自棄、身近な友人たちも「引く」ような言動、借り物の論理を振り回し、助言や忠告にも耳を貸さなかった。そんな自分が、この頃ふと目に浮かぶことがある。「前を向いて歩くしかない」ことは歴然としているが、目に浮かんでくる僕自身の残像を見ないようにすることもない。うまく付き合っていこうと思うのだ。
| 11/21 | |
安川堆洲詩吟教室(2006年10月/管理人日記) |

* 安川堆洲先生の近影
■ 「吟」とは絞り出すこと… 10月28日(土)
酔狂院さん、本日の武道館合吟の練習ご苦労さまでした。いよいよ本番も近づき、諸先生はもちろん、参加メンバーのみなさんの気合も盛り上がってきましたね。休憩をはさみながらも、あれだけ集中し、立ち姿勢での練習をしていると、私は本当に腰や背中が痛くなりました。
安川堆洲教室では3人の参加ですが、安川先生は仕事の忙しさから、ここのところ合吟の練習では顔を合わせておりません。来月の最終の練習日には、ぜひ3人で参加したいものですね。「打上げ」もありそうなので、お酒は弱いのですが、一緒に練習してきた人たちとの歓談を、今からけっこう楽しみにしております。
ところで、本日も井村先生や鈴木鳳洲先生から、含蓄のある言葉があり感動させられました。その一つは、「『吟』とは、お酒の大吟醸と同じで絞り出すという意味です。詩吟は声を絞り出すことです」と井村先生が指導の合間に、さらっとおっしゃったのでした。
「そういうことだったのか!なるほどねー」と、少し詩吟の本質に近づけたような気になりました。そして、鈴木鳳洲先生は「合吟は技術的なこと以上に、全員の呼吸が合うか合わないか、それで決まるようなところがあるから、隣同士の腕を触れあい、後列の人は前列の人に軽く触れ、お互いの呼吸を感じ取る。それを本番だけではなく、練習からやって下さい」との言葉も強く印象に残りました。
■ 何気なくやっていた合吟ですが… 10月23日(月)
一昨日、合吟の練習はハードでした。本番形式で出席者全員が並び、休憩をはさみながら全体を通した合吟の練習でした。途中、私は腰や背中が痛くなりました。風邪気味の池田先生が先導をしたのですが、今回の号吟の先導ともなると、あの池田先生でさえ「緊張」しているのがわかるほどで、自分もいい緊張感の中で練習をさせていただきました。
それから、合吟の指導をして下さっている井村先生から、「腹合わせ」の意味合いを教わりました。練習とはいえ、45名近くの声が揃うのは難しいものです。「腹で声をコントロールすると合わせやすくなります。しっかりと腹で合わせること、それが腹合わせの本来の語源でもあり、ノドだけの声であわせようとすると、バラツキが納まらず、うまくいきません」と述べられました。「そういう意味だったのか」と深く納得した次第です。
■ ぶっつけ本番の舞台でした… 10月 9日(月)
安川堆洲教室の皆さん、昨日の池袋、今日の成城学園前とイベントご苦労さまでした。わが教室のメンバー諸氏は、裏方での出番も多く、ゆっくりと吟詠を聴き、剣舞をみている時間もありませんでしたね。私は、昨日の独吟で吟題を間違え、2行目の音程が狂いました。でも、武道館の合吟がメインですし、気持ち良く吟詠できましたので、いい練習になったと思っています。
今日は、さすがに栃木県からだと遠距離が身に沁みました。「三山を渡る」については、最終の練習日に出席できずに、当日の練習も出来なかったのですが、つたない先導にも関わらず、どうにか終えることができました。ありがとうございました。東京都出場者吟では、出番寸前に4行目が思い出せず、あわてました。吟じているうちに思い出し、落ち着きを取り戻し、自分なりに気分よく声が出たようです。
ここ半年ほど、はっきり申し上げましたて、私は詩吟の練習が以前より明らかに減っています。その反省もあり、今日はカセットテープレコーダーを持参し、60分では不足するほど録音させていただきました。MDへ再録音し、繰り返し聴いていこうと考えています。諸先生、来賓の方々、諸先輩の吟詠をまとめてお聴きし、自分の未熟さを痛感させられた次第です。
| 11/20 | |
安川堆洲詩吟教室(2006年9月/管理人日記) |

* 北の丸公園入口の門構え
■ 「三山を渡る」の3つの山は不明です… 9月21日(木)
詩吟教室で話題になった疑問について、「三山を渡る」を合吟に選んだ自分にも責任がございますので、帰宅してからネットで調べてみました。30〜40分、探してみたのですが、見つかりませんでした。近日中に解明できるよう努力してみたいと思っています。
人に説明のつかないことを、平気で語るのは良くないことだ、と日頃から自戒しているつもりではありますが、まったく私の性根ともいえる大雑把さに、身の縮む想いなのです。もっと、身近なことに常日頃から問題意識を持ち、一つひとつ解消しておかなければ、と痛感している次第です。
■ 明日は合吟の練習日です… 9月15日(金)
月3回の定例詩吟教室にはすっかりご無沙汰している私です。ここ2か月ほどの水曜日、決まったように打ち合わせ等が長引き、大変申し訳なく思っているところです。その代わりにはならないのですが、月2回の土曜日に行われている「武道館に向けた合吟の練習」には、発会式を除き、毎回参加させてもらっています。
明日は例外的に午前中の練習日です。いつもの時間の新幹線に乗って、栃木県から出かけ、約2時間の練習をしてきたいと思います。安川堆洲詩吟教室の掲示板には、「長い発声練習」のことが書かれておりましたが、難しい問題だと受けとめております。自分は、都はるみさんや美空ひばりさんの歌謡曲を毎日、1時間程度は口ずさんでいます。お腹から声を出さないと、とても二人の歌は続きません。かつ難解ですから、日々、発見があって飽きません。この「飽きない」ということも重要なことかな、と思っているところです。
■ 都はるみさんの歌は、いいですよ… 9月 8日(金)
毎日のように、少しデタラメの歌詞ですが、都はるみさんの6曲を口ずさんでいます。福島で生活していた18年間、勿来港から山間地へ、移動販売の魚屋さんがおりました。屋根に大きなスピーカーをつけて、都はるみさんの歌を大音量で流すのでした。私は音痴なので、うまく歌えませんでしたが、都はるみさんの歌は実家の景色とは切っても切れない記憶なのです。
でも、詩吟教室に通う年月の積み重ねによって、音域が広がり、音程も安定してきたらし、お腹の底から都はるみさんの数曲を歌えるようになりました。今、美空ひばりさんの曲とともに、私の毎日には欠かせないものとなっています。毎日でも飽きないって、尋常なことではないのですが、嗜好品とは違った意味で、よほど好きになってしまったのでしょうね。
| 11/19 | |
安川堆洲詩吟教室(2006年8月/管理人日記) |

* 日本武道館の日の丸
■ 懲りないサイト荒らしの人たち… 8月26日(土)
社会的な常識、コミュニケーション能力、人と人、組織と組織の間合いといったことが、今ほど崩壊しているときはないと思う。「このサイトへのエロ画像の貼り付けは、お願いだからやめて下さい」と何度も申し上げているにも関わらず、いっこうになくなる気配がない。
サイトへのヒット数がお金に換算され、ネット上の広告産業が伸長している昨今、ある程度のことは覚悟しているけれど、本当に困ったものである。私どもは、日本の古き伝統芸能である詩吟を愛好している。詩吟界の平均年齢も高い。真面目に詩吟の練習にとりくんでいる。そんなサイトにエロ画像やエロ動画は似合わない。重ねて申し上げる。本サイトへのエロサイトからの「荒らし」は、どうかお止めいただきたい。
■ お寿司やカニも漁師さんたちがいるおかげ… 8月16日(水)
悲しいニュースが飛び込んできました。北海道と北方領土の中間地帯で、日本の若い漁師がロシアの監視ボートからの銃弾によって、貴重な命を失いました。終戦記念日の昨日は小泉首相の靖国公式参拝、そして今日の事件、ちょっと前までは北朝鮮のミサイル発射と、一見、平和に思える日本なのだけれど、けっこう「きな臭い」状況がすぐそばに迫っているようです。
ここに、命を落とした若い漁師および家族の皆さんに、心から哀悼の言葉をおくりたいと思います。私たちは、お刺身やお寿司を美味しく口にし、花咲ガニ、毛ガニ、タラバガニなどに舌鼓を打っているわけですが、漁師さんたちの命をかけたお仕事なくして、それを味わうことができません。本日の事件で、私はつくづく漁師さんたちに感謝の念がわいてきたのです。
■ お腹から搾り出す声は心地良い… 8月16日(水)
高3の子どもが、同級生からサザン・オールスターズの2枚組みCDを借りてきました。カラオケでは定番のサザンの歌の数々、これまた「1曲もまともに歌えない」という意味で、私には無縁なものでした。あの独特の歌声、そしてリズムが自分には会得不可能と、かたく信じていたのです。今回のカミさんの実家への帰省、その行き帰りの自動車内で繰り返しサザンを聴きました。
私はこれまになかったような感動を受け、「桑田さんのように、力の限り歌うことが出来たら、さぞかし気持ちがいいことだろう」と心から感じました。そして、「サザンの歌は2〜3曲、きちんと歌えるようにしたい」と強く思いました。現在、天洲流吟詠会の中で、「読みを速くすること」を心がけようという考え方があり、その練習にサザンのテンポの速い歌が最適なのではないか、と実感した次第です。
■ 詩吟を習うと歌がうまくなる… 8月 8日(火)
私はカラオケが苦手でした。しかし、詩吟教室に通うようになって足掛け5年、最近では「前に比べたら、水元さん上手くなったねぇ」と言われるようになりました。これまでが、よほどひどい音痴であったことは事実なので、とても嬉しい気持ちになれました。他の流派のホームページに、「詩吟を習えば歌がうまくなる」というキャッチコピーがあり、「本当かね?」と疑っておりましたが、それはある程度の真実であると実感しております。
それから、自分は「あがり症」でもあるわけですが、詩吟には昇段試験とか、コンクールとか、発表会を合わせると合計で年に数回、200人前後の聴衆の前で舞台に立ちます。毎回、冷汗タラタラ、ヒザがガクガクといった状況を体験することになります。同じ教室の人たちとの合吟、そして逃げ場のない一人舞台は、これまでになかった勉強をさせてくれるようです。また、お腹の底から、精一杯の声を出すことが、心身の健康にもすこぶる良いと思うこの頃なのです。
| 11/18 | |
安川堆洲詩吟教室(2006年7月/管理人日記) |

* 日本武道館への入口・北の丸公園
■ 箱根湯本の湯上りタイム… 7月28日(金)
わたくし、今日のお昼まで3泊4日、箱根湯本におったのでございます。3夜連続、30分ほど温泉に入ったあと、ソファーに横たわり、小さな声で1〜2吟、練習してみました。疲れた足をテーブルにのせ、とってもリラックスでき、翌日の仕事がはかどったようでございます。
行きは踊り子号で、帰りはロマンスカーと決めていました。小田急線沿線には、いろいろと思い出がるのです。好きだった子が住んでいる街もあったりするのです。ロマンスカーの喫煙車両はゆったりとして、新宿駅までの間、マイルドセブン・スーパーライトを4本、至福の時間であったのでございます。明日は、夕方、栃木県から東京都内へ、詩吟の特別練習日なのです。
■ 高壽廣洲先生、ありがとうございました… 7月24日(月)
昨日の天洲流・合同発表会、たいへんご苦労さまでした。遠くなので、とても最初の準備からは間に合いませんでしたが、吟詠を含めまして、最後の片づけまでお手伝いできました。あれだけの時間、皆様の吟を聴いただけ、いろいろと勉強になることが実感できた次第です。それから、出席できなかった安川先生のご人徳と存じますが、多くの人たちに「堆洲会のメンバー」ということで温かいお声をかけていただき、同じ天洲流としての仲間意識みたいなものを感じました。
それから、自分の出番を控え、ベランダで練習しておりましたら、高壽廣洲先生が「ちょっと時間があるので伴奏してあげよう」とおっしゃっていただき、私は大変な緊張とともに、恐縮至極の想いなのでした。この場を借りて、お礼を申し上げたいと存じます。ありがとうございました。
■ 高い音のメリットについて… 7月14日(金)
てるさんへの回答にはならないと存じますが、自分の場合、まったく低音が出せず、ちょっと高めの狭い音域に限られていました。駆け上がりと駆け下がりの練習においても、上がっていくのは楽なのですが、下がっていくときの音階はお手上げでした。
それでも、年々、徐々にではありますが、高い音がさらに高くなってもついていけるようになり、ふと気がつけば低音もだんだん出るようになりました。とくに、ここ1〜2か月は低音を出すときの「しつこいノドのイガイガがスーッと消えた」ような感じがいたします。
したがいまして、低音が得意な人はさらに低音を極めれば、磨きのかかった高い音が出るようになり、私のような音域の狭い人間でも、楽な高い音をさらに高くしていけば低い音域まで安定してくる、という理解をしています。ところで、山方町の「舟納豆」はどうでしたでしたか?
■ 大子町は実家の近くです… 7月12日(水)
てるさんが、袋田の滝とは驚きました。たしか大子町の旅館の息子が、今場所の大関再昇進をめざしている雅山関です。鮎の塩焼きは有名ですが、おそらく四万十川産の鮎だと思います。福島県矢祭町の鮎の塩焼きは四万十川産が多く、地場ものは値段が3倍です。
袋田の滝は、ずいぶんと前にウルトラマンの撮影があり、怪獣によって壊滅的な打撃を受けました。トンネルを抜けると瀑布の前に出て、なかなかいい景色ですね。大子町から国道118号線を北上すると、すぐ福島県です。
■ 濃霧と雨の大島へ行って来ました… 7月10日(月)
トヨタレンタカーでホテルに向かう途中の道(路)は、まるで羊の腸のように曲がりくねっておりました。大島の道は石垣が多くて、そこには苔がたくさん生い茂り露を含み、滑らかに見えました。吹きつける風は、足元の靴の下から雲を払ってくれれば良かったのですが、まったく晴れ渡る気配さえありませんでした。
三原山に登れたら、きっと学生時代に勉強しているかのような、一歩登るごとに違った光景が見えたに違いありません。しかし、まったく外の景色(ホテルの50メートル周辺さえ)は見ることができず、残念ではあったのですが、椿油ホンジュをはじめ、島の料理がとても美味しゅうございました。たしか、同じホテルへ四半世紀前(25年前)に泊まったことがあったのに、さっぱり思い出せませんでしたが、大浴場前での卓球、そしてバーの内部に入ったとき、当時の記憶が鮮明によみがえってきました。
私は都はるみさんの「アンコ椿は恋の花」を、初めて人前で歌ってみました。詩吟においては、「止め」と「切れ」の違いを身に付けることが大事とのことで、そういう意味では都はるみさんの歌い方も「止め」と「切れ」がしっかりしていると実感させられました。自分はまだまだ未熟ですし、演歌と詩吟の練習を併用しながら、亀のように歩んでいきたいと思いました。
■ 「い」の発声は、たしかに難しいですね… 7月 6日(木)
昨夜は所用のため教室には出席できませんでした。てるさんや酔狂院さんの「い」の発声が難しいという認識については同感です。今、都はるみさんの歌をよく聴いているのですが、「夫婦坂」の「いいの いいのよ あなたとふたり」とか、「浮草くらし」の「そばにあなたが いればいい いればいい」などの「い」をいかに情感を込めて、はっきりと歌えるかが難しいと思っています。
最近、二度ほどカラオケをしたのですが、「みんなの前で歌えるぞ!」と自分を信じてやってみた曲も、出だしでつまずいたり、盛り上がりの場所ですべったり、どうにもうまくいきませんでした。詩吟・演歌に関わらず「リズム感」や「間」も大事だと痛感しました。まだまだ、いろんなことを学ばなくてはいけないですね。
| 11/17 | |
喫煙者率もしくは喫煙者率の調査方法(厚労省とJT)について |

↑
*靖国神社のバス駐車場入口のトイレ(馬主協会/JOAが提供)
*JOAが提供・寄贈したトイレ脇のスタンド灰皿
↓

○ 最近の傾向として、個人的には政府関係、とくに厚労省の各種調査に関する不信感を強く持っているわけですが、日本における「喫煙者率の調査」については、厚労省と日本たばこ産業株式会社(JT)で行っているものが代表的であり、かつ信頼性のあるものと判断できます。ただし、これまた個人的に精査した感想で申し上げれば、厚労省の調査結果には年度によって数値上のブレが大きく、たばこ業界のような当該年度における販売実績とのすり合わせを行っていないため、JT発表の喫煙者率調査に比べ、実態ベースとの誤差を含んでいると思われます。しかし、両調査の概要を知っておくことは大切ですから、以下のとおりご紹介させていただきます。
【厚労省の喫煙率調査】
毎年、全国5000世帯、1万5000人を抽出し、「国民健康・栄養調査」を実施しており、その中の項目で喫煙率も調査されます。調査方法は、各自治体の公民館などへ対象者に来場していただき、血圧等の測定をした後、喫煙に関するアンケート用紙を配布し、郵送等により回収します。そのアンケート結果から喫煙率を推定し、公表しています(2006年11月1日の読売新聞を参照)。この数値が、厚労省によってWHO(世界保健機構)に報告されています。
【JTの喫煙者率調査】
全国の成年男女の喫煙者率把握を目的とし、毎年5月に実施されています。調査対象は20歳以上の全国成年男女であり、標本数は16,OOO人、有効回収率は70%前後で推移しています。サンプリング方法は層化二段抽出法(注)で、調査方法としては郵送で依頼し、訪問による回収を行っています。
(注)層化二段抽出法 … 単純無作為抽出および系統抽出は、そのままで実施してしまうと、偏在の可能性が伴い、全国レベルの調査には適していません。そこで、一段階目は地域を、二段階目では対象者をサンプリングする、といった手法の調査が行われ、その総称が「層化二段抽出法」と呼ばれています。
| 11/16 | |
正露丸と未成年者喫煙禁止法 |

○ 先日、私は始めて靖国神社を訪れ、博物館的な役割を持つ遊就館内を見学し、明治維新、西南の役、さらには日露戦争や第二次世界大戦について、おさらいをしてきました。「眠っていた愛国心がムラムラと湧き出てきた」と申し上げたら、すこぶる誤解を招きそうですが、正直な話、少しはそんな気分になったことも事実です。さて、私は日露戦争のモノクロフィルム上映を見ながら、「そうか、ロシアは日本に戦争で負けたんだよな。あのナポレオンやヒットラーでも成し得なかったのになー!」と再認識させられました。そこで、ふと「下痢止め薬の『正露丸』って、日露戦争時代にロシアを征伐する意味を込め、『征露丸』という商標がつけられ、第二次大戦後に外交上の配慮もあって『正露丸』にかえた」ことを思い出しました。
○ さらに、先日、わが国の明治33年3月7日に制定された「未成年者喫煙禁止法」を調べていたら、その背景として「当時は日本と露西亜との対立が進行し、いざというときのために徴兵した軍人が、幼少の頃から喫煙していたのでは体力的に好ましくない。強い兵士を育成・配備するためには未成年の禁煙防止が不可欠である」との認識があったようです。そこで、私は国が定める近年の法律として、とくに気になっている「健康増進法」について、その「最終的な目的はどこにあるのか」ということに改めて疑念が強くなりました。一国民として、すなおに政府や厚労省が掲げる喫煙規制の論点を信じる気にはなれないのです。ちなみに、現在の「未成年者喫煙禁止法」の概要は以下のとおりです。
第1条 満二十年ニ至ラサル者ハ煙草ヲ喫スルコトヲ得ス
第2条 違反者は行政処分(所持するたばこや器具などの没収)
第3条 制止しなかった親権者やその代わりの監督者は、科料処分
第4条 喫煙ノ防止ニ資スル為年齢ノ確認其ノ他ノ必要ナル措置ヲ講ズルモノトス
* 第4条に罰則規定はなく訓示規定であるが、法律上明示された努力義務であり、それに違反した場合、行政指導や行政処分の対象
| 11/15 | |
ショートピースとマイルドセブン… |

○ 先般、4年前の12月に急逝した友人の法事があり、私とFSさんはお線香の手前に、亡き友人と関わりの深かった「たばこ」に火をつけ、供えさせていただいた。たばこをお墓に供えることは、私に限っていえば、自分の実家およびカミさんの実家では必ず行うことでもあった。
○ おそらく、FSさんしても何のためらいもなく、たばこに火をつけていたので、たばこ好きだった方への供養として認識しているに違いないと思われる。私の場合は、95歳で他界した祖母がたばこ好きであったし、カミさんの父も同様に、たばこが大好きだったから、わが家のお墓参りに「たばこ」は欠かせないのである。
○ というわけで、来月になれば亡き友人の命日がすぐになってくる。年月の流れは無情なほどに早いけれど、亡き友人の記憶は薄れるどころか、ますます鮮明になってくるような気がしているのだ。そして、いずれの日か、必ずや自分もまた「別の世界」へ旅立つことになるわけで、生者と死者との距離感が徐々に、あるいは「あっという間」に近くなっていくことを知るのだろう。
| 11/14 | |
2006年10月 水元正介の身辺事情 |

◆ たばこ規制/WHOと厚労省の狙いがミスマッチ …2006 10/30
○ わが子は高校3年生であり、両親ともに「たばこが大好き」なのですが、小中学校の禁煙教育が効果を発揮しているらしく、「僕は一生涯、たばこを吸わない。自分の前ではなるべく吸わないこと。それでも吸う場合は、受動喫煙の害があるので絶対換気扇をつけてくれ!」と目くじらを立てます。
○ 息子が中学生になった頃から、「もし、たばこを吸いたくなったら、隠れて吸うことはない。学校などで問題にならない限り許す」と申し渡しておいたのですが、今になってもいっこうに吸う気配さえありません。子どもの友人たちの間でも、たばこを吸っている者は少ないらしいのです。また、私自身も駅のホームやコンビニ近辺等を観察してきましたが、近年、高校生の喫煙する姿を滅多に見ることがないですね。2003年5月の健康増進法制定以降、厚労省は「未成年者の喫煙防止」に躍起になっているようです。でも、自然推移として大幅に減少しているというのが、私の現実的な実感なのです。
○ ところで、先日、「厚労省の最新たばこ情報」を閲覧してみたが、その中で「たばこ規制の進んでいる国々」を紹介したページがありました。
→ http://www.health-net.or.jp/tobacco/menu06.html
まず、アメリカのたばこ規制では、1996年8月23日、米国クリントン大統領が「子供と青少年を守るために紙巻たばこと無煙たばこの販売・流通を規制する規則」を大統領命令として発表し…
(1)青少年のたばこ製品への接近を減らすための販売規制
(2)たばこ製品の購買可能な最低年齢は18歳
(3)自動販売機及びセルフサービス販売の禁止
(4)「子供向け」の包装、ばら売り、無料見本の禁止
を実施しているとのことです。日本との条件が違っているという意味で(2)と(3)の項目を記憶に止めておいて欲しいと思います。
○ 続いて、フランス、イギリス、イタリア、ドイツの事例を紹介していますが、共通しているのは青少年の定義が15歳になっていることで、WHO(世界保健機構)とくに「EU Office」は、ご丁寧にも15歳の喫煙者率を調査の上で、そこをターゲットに規制しようとしていることが明瞭なのです。
【フランスの青少年(15歳)喫煙率】
調査年 男性(%) 女性(%) 男女(%)
1997〜1998 28 31 24
2001〜2002 26 26.7 26.3
(資料:WHO.Regional Office for Europe。以下、同様)
【英国の青少年(15歳)の喫煙率(2001〜2002年)】
男性(%) 女性(%) 男女(%)
20.3 27.4 24.1
* イギリスでは、16歳末満の者に対する販売が違法
【イタリアの青少年(15歳)喫煙率】
調査年 男性(%) 女性(%) 男女(%)
2001〜2002 21.8 24.9 23.5
【ドイツの青少年(15歳)喫煙率】
調査年 男性(%) 女性(%) 男女(%)
1997〜1998 33.0 28.0 -
2001〜2002 32.2 33.7 33.0
○ 昨今のたばこ規制をめぐる動きを振り返ってみますと、わが国の厚労省は、以上のようなWHOの統計結果を公表することによって、それら数値への金科玉条的な適用を強引に進めようとしているのではないでしょうか。でも、よくよく考えてみますと、日本の成人年齢や未成年喫煙防止年齢の定義、さらには「日本で15歳の喫煙者率を調査すること自体が可能なのか」といった問題を含め、かえって矛盾をさらけ出しているのです。とくに、WHOが未成年者喫煙防止問題でターゲットにしているのは、決して日本における「未成年」ではなく、青少年それも「15歳未満」であることから、厚労省自分の考え方が完全なミスマッチであることに、早く気づくべきなのです。
○ たばこを愛する私自身でさえも、欧米のように、日本でも15歳の少年・少女が20%〜30%が喫煙しているのであれば、規制を強化するのが当然と思っています。決定的に問題なのは、厚労省が単なる欧米との数値比較(調査基準の異なる数値)だけで、日本の歴史や現実をみないまま、WHOや健康増進法を旗印に包括的な「たばこ規制」を強行しようとしていることなのです。
皆さん、そうは思いませんか!
◆ 秋の夜長(よなが)の過ごし方… 2006 10/28
○ 木の葉が色づき、風もひんやりとしてきましたね。日に日に夕暮れ時が早くなり、いよいよ秋の夜長です。子どもは受験勉強、カミさんは読書(本日は漫画「デス・ノート」全巻)をしています。私は、週末の日課である知り合いのホームパージの閲覧をしていました。
○ その中で、はらぺこさんのブログに「蜘蛛は安全なところに巣をつくる」という話が紹介されていました。私は、小さな頃から蜘蛛を殺さないようにしています。とくに、夜になってから家に入ってくる蜘蛛については…
「夜蜘蛛(よくも)来た!」
という意味で、『こんな田舎の家に、よくぞ来てくれましたね』と歓迎すべものと母から教わっていたからです。だから、今でも無茶に扱ったり、殺傷したりはしません。
秋の夜長、農村では繁忙期を終える頃、冷たい冬への準備をしながら、淡々とした毎日を過ごしていたわけですが、家族、牛、猫との共同生活に加え、身近な小動物までをも迎え入れる囲炉裏のある環境の中で、私は生まれ育ちました。懐かしいなー、あの頃!
◆ 阪神タイガースで育った新庄選手、お疲れさん! 2006 10/27
○ 昨日の日本シリーズ第5戦は素晴らしかった。新庄選手の引退の花道、もらい泣きをしてしまうほどだった。本来なら、日本ハム・ファイターズ対阪神タイガースの対決を見たかったけれど、十分に感動的だった。
―― ファイターズ日本一おめでとう!
○ 稲葉選手のMVPにも拍手を贈りたいが、何といっても今回の日本シリーズは、シーズン途中に引退宣言をした新庄選手を抜きに語れない。優勝が決まり、監督より先に、一番先の新庄選手の胴上げまで、あれほどの時間がかかったのは、これまでにない感動を呼び起こした。
―― 新庄選手お疲れさん、ありがとう!
◆ 未成年の喫煙防止が意味すること… 2006 10/26
○ たばこを愛する者として、近年とても気になる国際条約がある。それは2003年5月21日に、WHO(国際保健機構)総会で採択された「たばこ規制枠組条約」であり、昨年(2005年)の2月27日に発効となった。その中で、第16条「未成年者への及び未成年者による販売」があり、国際法に国内法をどのように適用させるのか、という点でかなり矛盾があると考えているのだ。日本における「未成年」の定義が時代錯誤であることはもちろん、「たばこ規制枠組条約」の第16条にある「…未成年者による販売」に関して、コンビニエンスストアでは高校生や大学生のアルバイトが、店員としてたばこを販売しており、厳密に国際法を国内で適用するのであれば、行ってはならない規制の対象となるはずだ。
○ また、たばこが1箱250円になった時期あたりから、とくに「18歳〜20歳」の大学生たちの間では、携帯電話料金の負担増や「牛丼280円」との対比をする中で、「高校(18歳未満)までは、たばこを吸っていたけど、大学生になったら金銭的に余裕がなくて、禁煙しました」という話が潜在化していた。さらに、かれこれ30年ほど前、茨城県警に就職した友人のWくんを訪ねたことがある。当時、未成年者の喫煙に対して、彼は「高校生の喫煙は名前を書きとめ、『今度見つけたら、学校へ知らせるぞ!』と注意する。自分が高校生だった頃のことを考えると、そこまでだし、いちいち学校へ知らせていたら切りがない上に、停学等の処分が乱発して休校になってしまうだろう。しかし、さすがに中学生の喫煙に対しては、学校と家庭に知らせ、きちんとした対応を取らせるようにしている」と述べていた。
○ Wくんの判断が、当時から昨今までの常識だったのだろうし、現在においても、私は法律の現実的な運用して合理的なものだと考えられる。したがって、わが国においては「未成年の喫煙防止」というよりも、「少年少女の喫煙防止」に焦点を合わせるべきであり、実際に大半の国々では「未成年の年齢は18歳未満」と理解されているのである。そして、成人式へ新成人たちが参加しなくなったり、暴れたりするのは「今さら大人って、かなり奇妙だよ!」という無意識の抵抗として表面化しているは言えないだろうか。くわえて、少年法の不備を含め、優先順位からすれば、日本の政治が行うべきことは、成人年齢を18歳に見直すことにより、自立した責任ある大人への道筋を示すことが急がれていると思う。それが、18歳以上になったら、世界の大半を占める国々と同様に選挙権を付与することにより、自らの意思で選択・行動し、結果責任も負うようすることが、社会的な諸課題の解決にもつながると考えられる。その上で…
―― お酒と同様、たばこは嗜好品の一つ
―― 健康への一定の害も承知して、個人が選択する
ものだという認識が妥当性を持つといえないだろうか。
◆ 東北新幹線構内で、最近見かけた著名人… 2006 10/26
○ 10月からテレビドラマで、私が欠かさず見ているのは「僕の歩く道」と「のだめカンタービレ」である。先週の金曜日の朝、東京駅の東北新幹線ホームに着いて、階段に向かう途中、黒系の衣服の集団がいて、その間を通り抜けようとしたら、目立つ男がいたので振り返ったところ、「のだめ…」で千秋くんを演じている玉木宏さんだった。私は「そうか、バンドもやっていたんだよな」と内心でつぶやき、「それにしても、格好いいヤツはどこか違うな」と再認識したのである。
○ そして、昨夕、帰りの新幹線改札口を入って23番線ホームに向かおうとしていたら、長野新幹線のある20・21番線ホームへ、キャリーバッグとボストンバック姿の田中康夫前長野県知事が足早に歩いていった。テレビでの印象では、かなりぽっちゃりしているのだけれど、実物は意外なほど精悍で身のこなしも軽快だった。というわけで、著名人というものは言葉でうまく表現しにくいが、オーラのようなものを発散していることは間違いなく、それが「人間を磨いていく」ということと一脈の共通点があるようだ。
◆ 人には心配なことって、あるよね… 2006 10/25
○ 昨夜、草薙くん主演のテレビドラマ「僕の歩く道」をみたのである。自閉症の青年が動物園で働くようになって、毎日ドキドキしながら送り出す家族、職場でコミュニケーション上のトラブルはありつつも、彼を支える同僚や上司たちの人間模様が織り交ざり、お互いが接触し合いながら、理解を深めていく物語である。昨日の話は、妹の関わりを含めた甥っ子とのやり取りが素晴らしかった。
○ 私は、時々「85歳の親父は元気だろうか」と無性に心配になることがある。15年前に母が亡くなり、それからの数年は月に2〜3通の手紙やはがきを書いていたが、高3の子どもが受験シーズンを迎えていることもあり、ここのところご無沙汰のしっ放しである。親父の孫のことでもあるから、きっと暖かく見守っていてくれていると信じている。困ったことに、この子どもが難物であって、親にとっては心配の種(たね)なのだ。先日も私が帰宅した早々、カミさんと子どもが深夜近くだというのに、大きな声で口論になった。仲裁するのにも一瞬の正確な判断を伴うし、油断していると大変なのである。
○ 男女を問わず、40歳を過ぎた頃から両親の病気や死別と対面し、そのたびに心落ち着かなく、物寂しく、自責の念にかられ、自分の器量のなさを反省するようになる。一般論としての他人事(身に降りかかってこないと実感はない)ではなく、まさに自分のこととして、子どもや親兄弟の心配ごとと直面するとき、自分や家族の真価が問われることになるだろう。その深刻度合いは人によって異なるが、グッとこらえて毎日の仕事にあたっている身近な人たちが、少なからず存在しているものだ。それが、「普通に歩く、私たちの道」なのかも知れない。秋も深まってくればなおさらだよね。
◆ 腹から声を出すことと腹筋の緩急について 2006 10/24
○ 詩吟のお稽古をしていると、自分の体の動きについて様々な発見をさせられることが多いのです。私が所属しているのは天洲流吟詠会ですが、その理事長をしておられる池田宝洲先生の言葉で、「詩吟の発声の基本は、わが子が危険な目に合いそうになっているとき、『危ないー』と周囲の目も気にせず、無心になって出す声です」と述べていました。さらに、「詩吟は深い呼吸をするので、風邪をひきにくくなります」とも言っていました。この5年をふりかえってみると、本当に風邪とは縁遠くなりました。また、天洲流吟詠会には井村一洲先生という教室長がおられ、たくさんのお弟子さんを育てていらっしゃるが、私たちの安川堆洲会にも2度ほど指導にお見えになられたし、現在は合吟の武道館全国大会に向けた指導をしていただいています。
○ 井村先生は、詩吟に関連した発声の背後にある体の動きや仕組みを解説するのだが、そのたびに私は新鮮な感動を覚えるのでした。初めに聞いて納得させられたのが、「持って生まれた首の長い人は低音が無理なく出ますし、首の短い人は高音が出やすいものなのです。音域は首が長さによって決まってくるのですが、訓練によって音域を広げることが出来ます」という解説でした。「首はどこにあるの?」というほど、首の短い私は本当に低音が苦手でした。カラオケで調子が外れてしまうのは日常茶飯事で、歌える曲は音域が狭く、低音部分の少ないものだけでした。それが詩吟のお稽古を続けることによって、実質的にノドの内部「首が長くなった」と同様の変化が起きるようです。
○ そうなるまでに、私は4年程かかりましたが、どうにか低音部分の発声をわかりかけてきました。歌える演歌の曲数も大幅に増え喜んでいたのですが、先日、井村先生は「低音は腹筋を緩めて発声するようにして下さい」と述べられ、私は「どういうことなの?」と混乱をきたしてしまいました。詩吟とは腹筋(丹田)をきたえ、お腹から力強い声を出すことだと信じて疑わなかったので、「腹筋を緩めて低音を出す」というのは驚きでした。当面の課題にしたいと思っています。それから、お稽古の最中に「のど飴」をなめるのですが、井村先生は「ノドに緊張感を持たせるときに飴は逆効果です。飴はノドを緩めるので、オペラ歌手は飴をなめません」と述べました。これまた驚きの言葉で、自分なりに検証してみようと考えている次第です。
◆「腹合わせ」の語源について 2006 10/23
○ 詩吟には一人で吟じる独吟と、複数もしくは多数で吟じる合吟があって、合吟の出だし(リード部分)を一人で吟じる人が「先導」と呼ばれる。私は詩吟教室に通ってちょうど5年経つが、これまでに独吟および複数の合吟は何度も経験してきたけれど、11月初旬に開かれる合吟の全国大会があり、そのメンバーの一人として参加することになった。自分にとって、50人を超す人数での合吟は初めてであり、半年前から休日を利用し、月に2回ほどの練習をしている。日本の伝統芸能は、まさに少子高齢化の流れを反映し、詩吟界においても先細り感が否めない。私はすでに53歳になったのだ。諸先輩や先生方に「若いんだから、頑張って」と言われ続け、当初は違和感もあったが今では納得している。
○ 最近では、自分の考え方や行動についても、未熟という意味で「若い」と再認識させられことが多く、一昨日の合吟の練習では「腹合わせ」の意味合いを教わった。練習とはいえ、45名近くの声が揃うのは難しい。指導して下さっている井村先生が、「腹で声をコントロールすると合わせやすくなります。しっかりと腹で合わせること、それが腹合わせの本来の語源でもあり、ノドだけの声であわせようとすると、バラツキが納まらず、うまくいきません」と述べました。
―― なるほど、そういうことか!
と、日頃なんとなく使っている言葉にも、きちんとした根拠と意味があることを実感したのでした。
◆ 丸々と太って、ハムスターの冬支度… 2006 10/23
○ 10月20日の早朝、最寄り駅で人身事故があったようだ。なので、カミさんは私より先に自宅を出る子どもを乗せて、小山寄りの駅まで送っていった。私が通勤に利用している電車も動く様子はなく、カミさんに子ども同じコースで送ってもらった。救急車はもちろん、パトカーも乗り付けていたらしい。こんな人身事故は、私が引っ越してきてからの15年で初めてのことだ。事故の内容は知るよしもないが、人命にかかわるものであったとしたら、まったく気の毒な話である。
○ その日は早めに自宅を出たので、いつもの東北新幹線より1本前で出勤することができた。習慣に従っていたら、午前中に職場へ着くことは出来なかったに違いない。やはり、何事においても準備や早目の対応が大切なのだと思った。さて、準備といえば、小動物のハムスターは本能に従い、食欲旺盛、冬に備えた準備に怠りないのだった。脂肪を蓄え毛並みも良く、プクーっと丸くなり…
―― 「握りつぶしてやりたい!」と思うほど、かわいい
のである。それに比べ、最近の私ときたら、日々の生活に汲々として、ほとほと情けないと反省させられたのである。
◆ 夕暮れの早さに驚きを感じた… 2006 10/21
○ 夕方6時から、東京都世田谷区で詩吟の練習があり、自宅を午後3時10分に出発し、小山駅発4時5分の東北新幹線に乗車した。栃木県にはゴルフ場が多いので、土曜日のラウンドを終えたと思われる人たちが目についた。私もそろそろゴルフをしたいと願っているのだが、12月になるまでは行けそうにない。
○ 昨日の早朝、最寄り駅で人身事故があったけれど、昨夜および今日の午後、まったくそんなことがあったという痕跡すらなく、いつもと変わらぬ駅の雰囲気であることに、何となくうなずけない違和感があった。そんなことを想っているうちに、東京駅へ着き、小田急線に乗り換えて、目的地の駅へ降り立ったら、すでに暗くなっていた。
―― こうして、今年も秋が深まっていく
◆ 水元正介の歯周病(3年も放置すると元通り) 2006 10/19
○ ちょうど3年前の秋、かぶせ物が外れたので職場近くの歯医者へ行ったら、歯茎からの出血もひどく「歯周病」との診断を受け、長期にわたる懇切丁寧な治療をした。その甲斐あって、歯のかみ合わせが良くなると同時に、口臭も改善された。しかし、「最低でも半年に一度は歯垢の掃除を含め、必ずご来院下さい」と言われていたが、「痛くならないと歯医者へは行きにくい」というセオリーどおり、3年も経過してしまった。ここ2〜3か月ぐらい、たしかに「歯がちょっとヤバイ状態かも?」との自覚はあったが、わざわざ歯医者へ行くまでもないとタカをくくっていたが、先週の土日にそのツケがきて、とてもひどい目にあった。
○ 月曜日に歯医者へ予約を入れたら、木曜日の昼しか空いておらず、結果的に歯の痛みは治まったけれど、本日、久しぶりに出かけたのである。3年前は開院したばかりだったが、かなり繁盛しているらしく、診療スペースも個室化し、内装も立派になっていた。前回は院長先生の治療だったが、今回は新しい先生が担当してくれることになった。まずは歯周病のチェック、レントゲン撮影、そのあとに3年前のカルテおよびレントゲン写真と現状を比べ、今後の治療方針をお聞きし、明日から本格的な治療に入ることになった。
―― 歯周病は元に戻ってしまいましたね!
という先生の言葉が、けっこうショックだったし、ガリガリキーンと治療される痛みが脳裏に浮かび、面倒くさいやら億劫やらで、少々めげてしまったのである。
◆ 急性歯槽膿漏だったと思う! 2006 10/17
○ 「この痛みは何だ。左脳の血管が切れたのか?」と思うほど、鋭利で断続的な痛みだった。直接的は左奥歯の急性歯槽膿漏だと特定できた。それに風邪と長期間の不摂生、寝不足が原因だろう。
○ おかげて、先週の土日は寝たきりだった。しかも眠れないのだから、体力的に参った。月曜日の夜、熟睡できたので、今日は幾分調子いい。53歳、日常生活での摂生に心がけたいものだ。
◆ うーん、眠い… 2006 10/13
○本当は、もう少し元気があったなら、こんな時間からでも…
・ 村上春樹さんのノーベル賞問題
・ 日本ハムファイターズの優勝
・ 北朝鮮の核実験へのコメント
・ 新橋駅周辺と浜松町駅周辺の清掃活動
・ 伊江島の風景
などについて、いろいろと書きたかった。
○ それから、「マッコリをモッコリと言い間違えた」「伊江島の農業事情」「沖縄のお墓は大きい」「ソーキそばは旨かった」「チケットレス航空券での搭乗」「大都市の隠れた喫煙場所」「心中にある否定できない愛国心」等についても書きたいことがあった。
すでにボーッとしている、とにかく眠い!
◆ 沖縄みやげのバイオレット… 2006 10/12
○ 先日、沖縄出張の帰りに現地でしか販売されていない「うるま」と「バイオレット」というたばこを買ってきた。
「うるま」は、自分で吸ってしまったが、「バイオレット」は今週の月曜日、詩吟の舞台で尺八の伴奏をしていただく初見敬次郎先生に差し上げた。
○ 常日頃、初見先生は「わかば」を吸われており、とても旨そうに、満足げにお吸いなる姿が強く印象に残っている。77歳という年齢を感じさせない肺活量、力強く情感にあふれた尺八の音色、まさに達人だと感心させられるのだ。
◆ クリーニング屋さんの激減(三田界隈) 2006 10/12
○ 先日、13着のジャンバーをクリーニングに出そうと思って、職場の同僚に連絡先を聞いたら、「あの店は、こちらまで受け取りとお届けまでやってくれたのに、つぶれちゃったようです。」とのことだった。そこで、昼休みに三田界隈を30分ほど散歩がてら、クリーニング屋さんの看板を探してみた。
○ 意識して観察したことはなかったけれど、数軒はあったように記憶している。しかし、一つも見つからず、ネットで検索し電話してみたら、その店は田町駅線路沿いにあるという。帰りがけにでも持っていこうと考えていたが、昨日、三田通りからタクシーをひろい、東京タワー方面に向かう途中、慶応大学東門の左横にクリーニングチェーンの取次店があることを発見した。そうか、街の風景に溶け込み、あれだけ目についたクリーニング店…
―― 蒸気のもれる家族労働のお店は壊滅状態
にあるのかも知れないなー、と実感させられた。どことなく、さびしい気分になったのである。
◆ 中日ドラゴンズ、敵ながら天晴れである… 2006 10/10
○ 本日、健闘していた読売ジャイアンツではったが、延長12回表の猛攻に耐え切れず、せきをきったような大量失点。ついに、中日ドラゴンズがセ・リーグの覇者となった。とりあえず、おめでとうと申し述べておきたい。
○ 何ごとにおいても、上には上がいるものだ。私は詩吟のお稽古を続けているが、先般、2日連続でイベントがあり、諸先生方の達人・名人芸をお聞かせいただいた。「どうして、あんなにパワフルで、なおかつ情感・詩情の込められた声が出るのだろう」と、改めて驚かされた。「詩吟の道は10年から味が出る」と言われていた。
○ 私は、この年末で「詩吟の道」も5年が過ぎようとしている。そうだったのか、10年を一人前とすれば…
―― 自分は、やっと半人前ということか!
まだまだ未熟で当然なのだ。意気消沈せず、気長に努力を重ねていこう、と思ったのである。
◆ 秋晴れの体育の日、詩吟づけの一日だった… 2006 10/09
○ 今日の小田急成城学園前駅で下車し、砧区民センターホールで開かれた詩吟のイベントに参加してきた。本当は、イベントの舞台係でもあったが、栃木県からでは開始1時間前の到着が目一杯だった。JR新宿駅から小田急線に乗り換える。あの人ごみは、自分の居住地からすれば別世界なのだ。自分の出番は合吟2回、独吟1回、都合すると3度もあった。こんなことは初めてだと思う。いざ舞台に立つと、やはり強い緊張感が襲ってくる。どうにかこうにか、破綻なく吟詠を終えることができた。少しは舞台慣れしてきたのかも知れない。
○ 午前中に出番を終え、同じ詩吟教室の人たちと一緒に、昼食の弁当をどこで食べようかということになり、控え室やロビーは混雑していたから、陽射しの強い屋上で弁当をあけた。黒の礼服だったので、ジリジリと暑かった。今回は、カセットテープレコーダーを持参し、60分では不足するほど録音した。近日中にMDへ再録音し、繰り返し聴いていこうと考えている。本当に今日は諸先生、来賓の方々、諸先輩の吟詠をたくさん聴いて…
―― 自分の未熟さを痛感させられた
◆ 昨日、今日、明日の関係について 2006 10/08
○ 人は、1日で「生き、死に」を繰り返している、という考え方がある。人生を形式的に見れば連続しているのだけれど、昨今の不安定な時代にはとくに、「非連続の連続」といった表現の方が説得性はある。
○ つまり、「昨日とても頑張ったから、今日、何らかの成果があるはずだ」とか、「今日良いことがあったから、明日もあるだろう」とか、「これだけ苦労に耐えたのだから、もうじき報われるはずだ」など、人は時間の継続性の中で、因果応報の「思い込み」にすがりたくなるのだ。そうとは限らない現実が…
―― 過酷、悲運の連続、あるいは想定外の幸運
など、結果として訳のわからないことが起こり得る。だから、悲観的になり過ぎず、かといって楽天的過ぎることなく、日々刻々、普通に生きることが大事だと思うのである。
◆ 蝉しぐれとスズムシの合唱… 2006 10/05
1泊2日、沖縄で仕事をしてきました。栃木県との気温差が約15度、昼間に沖縄で蝉しぐれの声を聞き、帰宅途中の栃木の夜は…
―― キンモクセイの香りとスズムシの合唱
でした。53歳過ぎの身には、けっこうきつかったのですが、 貴重な仕事上の体験を含め、いい勉強になりました。
| 11/13 | |
2006年9月 水元正介の身辺事情 |

◆ 水元正介は、市川昭介さんのご冥福を祈る! 2006 09/26
○ 今晩のニュースを見ていたら、作曲家の市川昭介さんが肝不全のため、73歳の生涯を終えたという。聞けば、市川昭介さんはわが郷土である福島県生まれ、代表曲としては都はるみさんの「アンコ椿は恋の花」「大阪しぐれ」などがあるとのこと。私は、何か奇妙なご縁を感じざるを得なかった。だって、
―― 毎日のように、都はるみさんの曲を歌っていた
のですから。ここ2か月ほど、「アンコ椿は恋の花」→「涙の連絡船」→「好きになった人」→「大阪しぐれ」→「浮き草ぐらし」→「夫婦坂」という順番で、主に1番だけを1日ワンクールは欠かさなかったのです。
○ また、美空ひばりさんの曲で、自作の歌詞カードの1曲目が「好きなのさ」で、最近とても気に入っているのが「しのぶ」でした。この2曲と都はるみさんの6曲、いずれも市川昭介さんの作曲でした。不思議なものです、本当に。それから、福島の実家で育った時代、魚の行商のトラックから響いていたのも都はるみさんの歌で、もちろん市川昭介さんの手によるものでした。というわけで、
―― 市川昭介さんのご冥福をお祈りします!
◆ 急な飲み会のお誘いが続いた… 2006 09/26
○ 9月21日に引き続き、22日も午後5時近くになってから、「ふいの当日お誘いの電話」がありました。前日は深夜の帰宅だったので、早く帰ってのんびりしようと考えて矢先でしたが、FSさんの声を聞き、即座に「OKですよ」と即答させていただきました。
○ たまたま東京駅に古くからある「OLD STATION」を見つけ、そこに入りました。25歳のころ、今は亡きASくんもまじえ、何度か飲んだり、大勢でパーティのような催しを企画した場所でもありました。懐かしい気分にひたりながら、私は黒ビール系の「ハーフアンドハーフ」をいただきました。話が盛り上がり、たばこ屋の若旦那のTYさんを携帯電話でさそって、来週の飲み会を決めたのです。そして…
―― 乗り越しをすることなく帰宅
したのでした。
◆ 懐かしの東京駅飲食街の「OLD STATION」 2006 09/23
○ 昨日に引き続き、今日も午後5時近くになってから、「ふいの当日お誘いの電話」がありました。前日は深夜の帰宅だったので、早く帰ってのんびりしようと考えて矢先でしたが、FSさんの声を聞き、即座に「OKですよ」と即答させていただきました。
○ たまたま東京駅に古くからある「OLD STATION」を見つけ、そこに入りました。25歳のころ、今は亡きASくんもまじえ、何度か飲んだり、大勢でパーティのような催しを企画した場所でもありました。懐かしい気分にひたりながら、私は黒ビール系の「ハーフアンドハーフ」をいただきました。話が盛り上がり、たばこ屋の若旦那のTYさんを携帯電話でさそって、来週の飲み会を決めたのです。そして…
―― 連夜の乗り越しをすることなく帰宅
したところです。
◆ 深夜の那須塩原駅で、どうしよう? 2006 09/22
○ こんな真夜中、今、帰宅したのですが、実はこの15年間、一度たりとも那須塩原まで乗り越したことのない私なのに、ついに1時間10分、東京駅から熟睡し、目覚めたら那須塩原でした。
○ 飲み会の雰囲気にほだされて、日本酒の追加、日ごろ慣れないことをした天罰だと深く、深く、深く反省しているところです。これから風呂に入って、午前3時頃には寝付けそうですが…
―― 朝、起きられるのか、不安だあー!
◆ JR新橋駅周辺のゴミに関する考察… 2006 09/20
○ 今朝、着替えを持参し、新橋駅周辺の美化活動ボランティアに参加してみた。地元の町会や自治会の人たちが大勢参加し、主催者発表によると150名、別に自分は参加しなくてもよかったわけだけだが、ずっと続けていると「好き」になってきたらしく、第一ホテル周辺に落ちている吸い殻をはじめとするゴミ拾いをしてきたのである。
○ 秋晴れ、ときどきビル風強く、いい汗をかいた。私が拾ったゴミの分類として、今回の「お初」はトウモロコシの食べ殻だった。歩きたばこは問題だけれど、近年、食べ歩きも蔓延しているようですな。何でも捨てるご時世に、警鐘を鳴らしたいのである。
○ 町内会の会長とおぼしく人が、活動開始にあたってのあいさつで、「安倍さんは『美しい国』より以前に、ゴミを平気で道路などに捨てるようの国民のいない『美しい街』づくりをすべきなのです」とおっしゃった。私は心の中で拍手をしたのである。そして、1時間ほどのボランティア活動を終え、一句、浮かんだ…
―― 秋晴れの 吸い殻舞いて ビル風に
◆ キュウリ好きのケンちゃん… 2006 09/19
○「結婚できない男」最終回、面白かった。今日は帰宅が遅くなる予定だったけれど、銀座での会合が予想外に早く終わったので、阿部寛さんと夏川結衣さんの「結婚できない男」(最終回)をリアルタイムで見ることができた。最後はハッピーエンドだったが、ベストの配役以上に、脚本の良さが近年のドラマの中では抜きん出ていたと思う。未婚の男女が増え続ける中で、気楽さとは裏腹に逃れようのないストレスが気付かぬうちに迫ってくる。「人を好きになる」と言う感情から遠く離れてしまうことに慣れ、年月だけが過ぎ、親の面倒や介護に直面していく。
○ 主人公は、まずカエルじゃないけれど、無機質な部屋の統一された空間に、金魚を招き入れ、隣の部屋の犬(ケンちゃん)との一時的な共同生活を通して、生き物がそばにいないと「さびしい」という感情に気付くのでした。私にも、長い独身生活末期に、同じような体験がありました。だから、このドラマにおいて…
―― キュウリの好きなケンちゃん!!
は、助演男優賞に匹敵すると思ったのです。
◆ 昨日はテレビ漬けの一日でした… 2006 09/18
○ 始発電車で出かけた子どもの高校最後の文化祭は、雨に見舞われないだろうかと天気予報をチェックし、鹿児島と宮崎の友人や、農産物への被害などを気にかけつつ、台風情報を何度も見ていました。それから、一気に強化された酒気帯び運転の摘発、自民党総裁選、ジャズピアニスト寺井尚子さんの「波瀾万丈」、NHK杯囲碁選手権、男女のゴルフトーナメント、シンクロスイミング最終日、女性中華料理人の「ザ・ドキュメント」、行列のできる法律相談所、あるある大事典、スポーツニュースなど、さすがに眼精疲労で目がしょぼしょぼしています。
○ ブログやホームページへの更新も1週間ぶりにやってみました。もう眠たくなってきたのですが、一昨日の寝だめのせいか、もうしばらく大丈夫なようです。この間、大好きな著者たちの本を読んでいるので、自分の書く内容や文体について、ほとほと下手だな〜と痛感しています。嵐山光三郎さんの「死ぬための教養」(新潮新書)には降参させられました。今、続いて嵐山光三郎さんの「東京旅行記」(知恵の森文庫)を読んでおり、舌をまかされる名人芸を堪能させてもらっています。
―― 足元にも及ばないけど、自分なりに
で良いと言い聞かせつつ、キーボードに向かっているのです。
◆ 納豆、身体にいい食事を心がけている… 2006 09/17
○ この1か月ほど、「あるある大事典」推奨の納豆の食べ方にのっとり、毎日、夜に納豆を食べている。50回以上かき回し、15分前後常温状態を保ち、食べる前にネギとか、卵とか、醤油等を混ぜてから、おもむろに口に運ぶのである。
○ こうすると、納豆の成分が格段と活性化し、身体の細胞の新陳代謝が促進されるのだという。でも、まだ成果らしい成果は表れてはいない。でも、少しだけ思考力が向上しているようだし、自分がおしゃべりばかりしていないで、人の話を落ちついて聞けていたり、本も集中して読めるようになってきたから、見えない部分ので効果が出ているようだ。たとえ、それが…
―― 勘違いであっても、いい傾向なのだ
◆ やっぱり中日ドラゴンズみたいだね… 2006 09/15
○ 全体的に曇り、東京ではにわか雨もあったし、時どき晴れ間ものぞいてた。けっこう今日はいい1日なのだったけれど、昼休み時間を利用して散髪に行ってきたから、以前、げんを担ぐ上司が「たとえ散髪といえども、身体の一部を削除すると運が逃げていく」と言っていた。
○ そんなこともあり、今日の阪神タイガースは勝って欲しい気持ちは山々だったが、おそらく負けただろうな、という気持ちで、先ほどプロ野球速報をチェックしてみたら…
―― 残念、0対7の完封負けだった!
◆ 期待しちゃうじゃないのよ、阪神タイガース! 2006 09/08
○ 先ほど、ヤフーのプロ野球速報を念のためにチェックしてみたら(途中では中日が広島に5点もリードしていた)、やってくれたのである広島カープの見事な大逆転勝ちだった。これで、ゲーム差は5ゲームとなり、ムクムクと期待がふくらんできたのである。
○ もうじき、去年のダントツ打点王の今岡選手も復帰するから、一度はあきらめかけたけれど、いけるかも知れない。実は、私をめぐる公私わたる状況についても、にわかに好転の兆しがあって、やはり自分と阪神タイガースは一心同体なのかも、と再認識しているのである。
―― 連覇に向けて、がんばれ阪神タイガース!
◆ 藤沢秀行さんの『野垂れ死に』には感動した… 2006 09/04
○ 何年かぶりに面白いなーっと思った本に出会った。新潮新書の『野垂れ死に』である。著者は私の尊敬する棋士(すでに現役は引退)の藤沢秀行さんだ。大正14年生まれだから、私の父より4歳若い。藤沢さんは大酒飲みであった。父も藤沢さん同様、今は飲まないけれど、相当の酒豪だった。
○ 父は飲むだけで、「打つ、買う」には手を染めなかったが、政治好きだった。大酒を飲んで帰宅したときなど、藤沢さんの「低能!」と似た言葉で、周りの者たちに罵声を浴びせることもしばしばだった。そんな父を見ながら、祖母は子どもだった私に「お前は酒だけは飲むなよ」と諭したのである。私が酒に対するアレルギーを持っているのは、祖母の教えによるのかと思うことがある。
○ それから、私の祖母は、暴れん坊の大酒飲みに加え、暴力もたびたびあったらしい自分の夫について、孫の私にはいっさい恨みがましいことを言わなかった。藤沢秀行さんの奥さんのような強さを持った人だった、と改めて思うのである。自分が生まれたときには、すでに祖父は他界しており、記憶にあろうはずはないが、祖父の子である叔父さんや叔母さんによれば、破天荒な酔っ払いだったらしい。そんなこともあって…
―― 藤沢秀行さんが、ますます好きになった
近年、「絶滅寸前」のように、破天荒な酔っ払いは少なくなりましたね。
◆ 地上250メートルのトイレ事情… 2006 09/03
○ 今日も暑かったですね。残暑というやつなのでしょうが、朝晩はめっきりと涼しくなってきた栃木県なのです。さて、先日、東京タワーの大展望台へ出かけてきたのですが、私はそこで尿意を覚え、「こんな狭い場所にトイレがあるのか」とか、「なかったら、あと15分以上も並んでいなくてはいけなないのに」とかという不安な気持ちになりました。幸い目の前にトイレの表示があり、おばあちゃんと孫のコンビが女子トイレから出てきました。
○ 私は「男子トイレはどこですか」とお聞きしたところ、「この左側ですよ」と自分の目の前を指し示されました。そのとき、トイレの入口近くにあった植木鉢につまずき、倒してしまいました。それを元に戻し、男子トイレで用を済ませましたが、まるで飛行機と同じような構造のトイレでした。最初の展望台から頂上の展望台まで、10人乗りのエレベーターで上昇するときの恐怖は…
―― もう、二度と来たくない
と足がすぐみ、冷汗をかきました。でも、下りのエレベーターでは逆に心地良いほど平気でした。人は何ごとにおいても慣れる生き物なのでしょう。
○ 慣れるとは申しましても、人は「不安、悲しみ、恐れ」に出会うと、対応の仕方がわからずパニックになることがあります。そんなとき、私の今回の体験からして、熱烈に「たばこが欲しくなる」ということが言えると思います。以前、「死から逃れたい、という人間として避けて通れない恐怖がある限り、たばこは必要なんだよ」と申しておりましたが、「なるほどなぁ〜」と、彼の言葉を思い起こしたのでした。
◆ 音楽による治療医学、小椋佳さんの「愛燦々」… 2006 09/03
○ 今日(8月29日)は、久しぶりに暑さがぶり返したよね。昼食時に外へ出たら、モヤモヤッとした空気が身体にまとわりついてきた。ところで、先週の日テレ「24時間テレビ」を時どき見たのだけれど、印象に残ったのは、「小椋佳さん親子の絆」にだった。脳梗塞で意識不明状態の息子さんに、毎日「愛燦々」を歌って聴かせていたところ、徐々に意識を回復し、懸命なリハビリの結果、全快したそうである。最近、JTのホームページで…
――「免疫音楽療法学」の第一人者・和合治久さん
のインタビュー記事を読んだので、なおさら納得してしまったのである。
○ その延長線で、和合埼玉医科大学保健医療学部教授も、「カラオケでは演歌を歌う。演歌は人間の生理的な部分ではなく、人の心に訴えかけてくるので、歌い終わった後は特別な爽快感があるますね。これは医学的にも良いんですよ」と述べている。というわけで、詩吟や演歌について、私が感じていたことと同じだった。
◆ 溜池山王・環境派 2006 09/01
○ 8月25日の朝、栃木県は曇りでしたが、東京に着いたときには雨が降っておりました。都内の一部エリアでは、傘が役に立たないほどの豪雨だったらしく、「いやーっ、ズボンまでびしょ濡れだよ!」と上司が言っていました。
暑かった月曜日から水曜日、毎朝早起きし、溜池山王駅周辺の清掃活動に着替えを持参して参加しました。2日目まではすでに報告ずみなので、最終日に印象的だったことを書いておこうと思います。
(1)早朝からビザ更新のため、行列のできていたアメリカ大使館前の路上で、アブラゼミの亡骸を拾いました。「精一杯生きたのか、悔いはないか」と心の中でつぶやき、冥福を祈ったのでした。
(2)トング(炭バサミ)で、吸い殻を1本ずつ拾っていましたが、ちょっと工夫すると4本ぐらいまで挟めることがわかりました。何ごとにおいても、繰り返しとりくんでいけば、スキルがアップしていくものなのですね。意識的にやったわけではなく、自然に出来てしまったことが嬉しかったのです。
(3)生垣の中は、六本木交差点周辺と共通するのですが、「ゴミ箱」化していました。コンビニのレシートやら、空き缶やら、空きペットボトルやら、タクシーの領収書やら、まったくひどいものでした。
(4)コンビニの入口付近に、灰皿があるにも関わらず、けっこう吸い殻が散乱していました。いったんは自分の所有物であり、口にしたものを捨てる行為は、明らかに巡り巡って「自分を粗末に扱う」行為と同じであることを、じっくりと考えてもらいたいですね。極論すれば、「捨てる人は捨てるし、捨てない人は捨てない」という2つのタイプの人間しかいない、と言えるのでしょうかね。
(5)たばこの吸い殻には次のタイプがあり、どこまでが「たばこの吸い殻」で、どこからが普通の「燃えるゴミ」なのかを考えさせられました。
・ 一両日中にポイ捨てされた「丸い吸い殻」
・ 3日程度経過し、丸みを失った平たい「吸い殻」
・ 変色している数日経過後のフィルターだけの「吸い殻」
・ アスファルトに食い込み、どうにか「吸い殻だった」とわかる物
・ 包んでいた紙と分離し、バラバラになったフィルターの繊維
以上のような新たな発見が嬉しかったので、今後ともボランティアの呼びかけがあり、日程の都合がつけば、積極的に参加させていただきたい、と思ったのです。
| 11/12 | |
2006年8月 水元正介の身辺事情 |

◆ 東京タワーの最上階は怖かった… 2006 08/31
○ 夜の強行軍ではありましたが、無事に甥っ子とその同僚であるOさんを、大宮駅にて「ではでは!」と見送り、先ほど帰宅したのです。それにしても、甥っ子たちは20歳半ばなので、元気一杯、好奇心旺盛だから、行動範囲が徐々に狭くなっている最近の私自身にとって、想定外の体験をすることができました。
○ 東京タワーの最上階(展望台)に登ったのは、とても怖かったけれど、今日の機会がなければ一生行くことはなかったと思うので、二人に感謝しなくてはいけないのです。1階の展望台を含め、これまで自分は東京タワーに登ったのは20年ほど前のただ一度だけでした。そのときの風景とは、驚くほど違っておりました。六本木ヒルズはもちろん、東京の夜景がこんなにも美しいとは、と再認識させられました。それから、これまた10数年ぶりぐらいに、3人で入った…
―― 田町駅前地下の「木馬」の食事にも感動
したのです。30年来、変わらぬ調理の仕方・同じメニューで、なつかしくも「うまい」味でした。
◆ 姪っ子というものは、かわいいものですね… 2006 08/31
○ 昨日の阪神タイガースは中日ドラゴンズと3対3の引き分けでした。それはさておき、昨日は今月最後の詩吟教室の日でしたが、次兄の長女で看護師をしている姪っ子が出張のため上京するというので、一緒に食事をすることになりました。
○ 私は3人兄弟の末っ子なのですが、カミさんの関係を含めても甥っ子や姪っ子が少なく、まさに少子化時代を実感させられます。私自身の従兄弟や従姉妹は、父や母の兄弟姉妹が多いですから、名前と顔が一致しないどころか、正確な人数さえ定かではないほどです。
○ というわけで、昨晩の会食はとても楽しかったのです。ついでに、本日の晩も東北新幹線(新白河駅経由)最終まで、姪っ子の同僚にして「ただいま・新婚さん」のOさんも一緒に…
―― 東京で遊ぼうか、という計画が
ひそかに進行しています。明晩、たとえ、私の仕事上の付き合いがあったとしても、断らざるを得なでしょうし、姪っ子と過ごす時間を優先しようと思っているのです。
◆ アッという間に過ぎた月曜日… 2006 08/28
○ 朝晩、めっきりすずしくなってきましたね。それから、急に日が短くなってきたようです。さびしいような、ありがたいような心もちなのです。先ほどの帰路、秋のスズムシの大合唱を聞きました。
○ 土日明けの月曜日は、時間感覚として他の曜日より早く過ぎるような気がします。というのは、仕事的にも週の初めなので、いろいろとやることがあります。なおかつ休み中ののんびりとした時間感覚から、テキパキと過ぎていく業務時間の感覚へ乗り移るので、同じ時間であっても短く感じるのでしょう。というわけで…
―― もうすぐ8月も終え、9月になるのです!
◆ わが家にもゴキブリの登場 2006 08/27
○ 今年は蒸し暑い日々が続いた。栃木県内に引っ越して15年目、これまでゴキブリとは無縁の生活をおくってきたが、先々週に大きなゴキブリを発見、掃除機で吸い取って処分した。そして、今夜も大きなゴキブリと格闘中である。
○ このマンションも15年目を向かえ、現在、大型修繕をしているところである。新興住宅街でさえも、年月を経る中で、ゴキブリの生息範囲内に取り込まれてしまうのか、と実感させられた。というわけで…
―― カラッとした季節よ、早く来てぇーっ!
◆ 孝治先輩にご馳走になった… 2006 08/26
○ 昨夜(金曜日)は、予告なしに元上司の孝治先輩が、夕方、私の職場にやってきた。用事を済ませた先輩が、「軽く飲むか?」と声をかけてくれたので、地下のそば屋さんでご馳走になったのである。
―― 孝治先輩、ありがとうございました
○ 夏休みあけの今週は、月〜水までいつもより早起きし、溜池山王駅周辺の清掃活動ボランティアに参加し、月曜日と木曜日の夜には飲み会があった。そんなこともあり、睡眠不足だったらしく、金曜日の帰路の東北新幹線で目がさめたら「宇都宮」だった。
○ 久しぶりに乗り越してしまった。幸い、小山方面へ戻るJR宇都宮線があったので、無事に乗り換えて、その日のうちに帰宅できたのである。というわけで、今日は午前10時ごろまで熟睡し、ソファーに寝転び、テレビを見ながらうたた寝していた。よく眠ったなぁー、今日は。そして、寝ることが一番の健康回復、と実感しあのである。
◆ チワワからブルドッグへ 2006 08/24
○ 今朝の栃木県は、関東甲信越地方で唯一の雨マークだった。傘がびしょ濡れになったが、小山駅から茨城県に入る頃には、一気に晴れていた。不思議な天気もあるものだ。さて、最近、私はカミさんから「ケンちゃん」と呼ばれている。というのは、阿部寛さんの「結婚でき

