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2006年1月 水元正介の身辺事情 |

◆ 糖尿病(型)という検査結果が出た… 2006 01/31
○ 午前中、成人病健診の再検査結果を聞きに、都内港区の病院へ出かけてきた。 「糖尿病ですね」と言われることを覚悟していた。しかし、「午前10時」という予約であったのに、30分たっても自分の名前が呼ばれない。45分を過ぎたとき、居ても立ってもいられなくなり、「あの〜っ…」と内科の窓口へ聞きに行った。
○ 「水元さんですね、今、見てきます。…次になっておりますので、もうしばらくお待ち下さい」と言われ、すぐに呼ばれたのである。再検査の結果は「糖尿病(型)」とのことだった。インシュリンの出方は低いけれども、平常値はかろうじて維持している。しかし、血糖値が下がりにくくなっており、肝脂肪などの影響から『インシュリン抵抗性』があるので…
―― 減量と適度な運動が絶対条件
とのことだった。 栃木の病院へ紹介状を書いていただき、近日中にカミさんと二人で食事療法のご指導を受けてくる予定である。どうにもなんね〜な、こればっかりは早く治しておかないとねぇ〜…。
◆ 暖かい一日だった… 2006 01/30
○ 朝から快晴のお天気だったけれど、天気予報どおり、栃木県も東京都内も暖かい一日でした。でも、今週の後半から冬型の寒い日々に逆戻りするらしいので、風邪などに注意したいものだ。
○ そうこうしているうちに、1月もあと少しで終わろうとしている。年末年始、仕事始めから、あっという間に今日まで来てしまったような気がしている。2月は1月より3日間も少ないわけだから、うかうかしてはいられない。
―― そのうち、3月になってしまうぞ!
◆ 長生きばかりが、もてはやされて… 2006 01/29
○ 今朝の新聞を読みながら、私は「長生きすることが目的化し、老後の日々に生きがいを持ち、昨日も今日も明日も、きちんとやるべきことがあり、楽しんでいける技術や環境に欠けている」ことを痛感した。それは、「高齢者犯罪1割占める」という朝日新聞1面の記事であった。とくに、「殺人、昨年、15年で3倍」の見出しには末恐ろしさを感じたのである。
○ 高齢者(65歳以上)の殺人による検挙者数は、昨年で141人にものぼった。その中で、「高齢者の殺人では、配偶者が被害者になる比率が高い」のは、やり切れない想いがある。長く連れ添い、家庭を築き、二人で安らぎのときを過ごし、それぞれが人生のゴールを迎えようとしているとき、病気、言い争いなどによって、自滅するかのように、凄惨な結果を招いてしまう事例が急増しているというのだ。
○ 今も昔も、「輝けるシルバー世代」とか「何の心配もない気楽な老後」などは夢物語だと思っている。老後には孤独感や寂寞感が伴うものだし、身体の動きも鈍くなるのは当然のことだ。私のモットーとしては、好きなこと(ゴルフや詩吟)が出来なくなり、うまいもの(たばこを含む)がそう感じられなくなったら、いよいよ覚悟を決めたいと考えている。長生きと健康は同じような思想(一つの考え方)だと言えるし…
―― 健康の押し付けは決して良いことじゃない
◆ 盛岡市内の食道園の冷麺はうまかった… 2006 01/28
○ 「元祖 平壌 冷麺」として、つとに有名である。私たちは「別辛」を注文し、1人だけが「特辛」を注文した。前者は、別の器に入った辛味を好みに応じて調整できるが、後者は初めから特別に辛く調合されている。
○ 駅の売店で、みやげに買ってきた「冷麺」も家族に好評であった。栃木県内の焼肉屋さんで食べる冷麺とは「ものが違う」との評価だった。しかし、ハムスターが昇天したあとの夕食だったので、さびしかった。
―― 麺類も好きだったボンに合掌!
◆ ボン、2年余りの日々をありがとう! 2006 01/27
○ 後掲の1月16日に書き込んだとおり、わが家のハムスター・ボンについては、老衰の症状が日々進行していたが、ついに、本日の午後7時55分、私の手の中で安らかに永眠いたしました。
○ まさか、ハムスターの臨終に立ち会うことになるとは思いもよりませんでしたが、今回初めて、はっきりと命の消え去る瞬間がわかりました。たかがハムスターではありますが…
―― 私は、ボンをずっと忘れない
◆ 撤去された灰皿たちの行き先はどこか? 2006 01/27
○ 本日、岩手県への出張の帰り、宇都宮駅東口へ降りました。餃子の像があるところのベンチに座っていたら、後ろの看板が目に入りました。そこには、宇都宮市長名で「たばこを吸うときは、携帯灰皿を利用すること」と書いてありました。駅へ至る階段の近辺、いちばん人通りの多いエリアが禁煙ではないものの、東口全体に灰皿を一つも設置していないのです。たばこを吸う自分としてはありがたいことですが、釈然としない気持ちでした。
○ 宇都宮駅西口に灰皿が一つもなく、全面禁煙なのだろうと理解していましたが、東口での解釈は違うのかも知れませんね。そんなことを思いながら、待ち人が来る間、ベンチの周辺を歩いてみました。そしたら、驚いたことに、エレベーターと公衆トイレのすき間に、立派でまだ新しい固定式の灰皿が16体ほど、ほこりをかぶり、きちんと並べて放り込まれていました。少なくても東口近辺には、16体の灰皿があったことになります。とりあえず撤去し、まとめてゴミのように、それも目に見える場所に放置している事実に直面したとき…
―― 撤去した灰皿の処分を決めていない
行政の性急さを物語っていると思いました。
◆ フジテレビ、「アンフェア」の屋上のシーン 2006 01/24
○ 先ほど、篠原遼子主演の刑事ドラマ「アンフェア」をみていたら、どこかで見覚えのある場所だなと感じた。 東京タワーがよく見える屋上、あのビルを私は知っている。あの場所に立ったこともあるぞ。なんだか嬉しくなってしまったのである。三田界隈は、芝浦口ほどではないしろ、ここ数年で大きく変貌した。
○ 今度、ロケの情報をつかんだら、ぜひ篠原遼子さんのサインでもいただきたいものだが、それはまず不可能だろう。 東京タワーは、どこからの眺めが一番いいのか、それをドラマの製作者は考えたに違いない。あまり高いビルでもいけないし、近すぎるのも不自然であり、低かったら目的を達成できないだろう。そこで、あのビルが選ばれたのだろう。それにしても、私は…
―― あい変わらずミーハーだな〜
◆ 凡人であること、普通であることが一番むずかしい… 2006 01/24
○ 昨夕、ライブドアの堀江貴文社長をはじめ、経営トップ4名が逮捕された。私は、堀江容疑者がフジテレビと対決していた時点まで、ある種の面白さや新鮮さを感じていたが、それ以降、とくに衆院選に出馬したあたりから、 「これはダメだな?」と判断した。誰だって、自分の言いたいことを述べ、やりたいことを実行できれば、それほど気持ちの良いことはないだろうが、「成長には限界がある」のだ。1人で生きているわけではなし、会社だって「みんなの百歩」こそが真の成長だと思うのだ。
○ ところで、来る3月の下旬、東京都の詩吟コンクール予選が予定されており、私の吟題は次の「海南行」(細川頼之作)である。
人生50 功無きを恥ず
花木 春過ぎて 夏すでに半ばなり
満室の騒蝿 払えども 去り難し
起って 禅とうを 訪ねて 清風に臥せん
○ 私は今年で53歳になり、とっくに働き盛りは過ぎている。樹木に例えれば、若葉ではもちろんなく、秋の枯葉に限りなく近づいている。咲いた花は春が過ぎれば散っていく。「海南行」で言い表そうとした作者の心境が、切実にわかる年代に差しかかっている。繰り返し練習をしていると、「功無きを恥ず」の部分で絶句したくなるのだ。 なるほど、自分の人生そのものだ。でも、決して後悔はしていない。回りの喧騒(さわがしいハエ)は消えなくても、それはそれで仕方がないじゃないか、と思えるようになってきたのだ。
―― 凡人、普通が一番むずかしいのかもね…
◆ やっぱり、春の雪だった… 2006 01/22
○ たしか、石川さゆりさんか五木ひろしさんだったと記憶しているけれど、「とけて、はかない春の雪」というフレーズの歌があった。1月に入ってからの雪は、ぼたん雪と呼ばれるような降り方をするが、湿気が多くて、それほど「日持ちがしない」のである。
○ 土日、私は一歩も家を出なかった。 何年かぶりに読書をしたからである。別に孤独感はなかった。一般的には暗い過ごし方なのだろうが、のように暮らす時間は、自分にとって必要なことだと、若い頃から大切にしてきたのだった。運動不足感は否定できない。というわけで、明日は…
―― 生活習慣病の再検査なのである
◆ 仙台は晴れ、栃木は雪がずっと降っている… 2006 01/21
○ 昨日の天気予報が見事に当たっている。「関東地方でも2〜3cmの積雪があるでしょう」とのことだったが、ずっと降っているので場所によっては5cm以上になり、 年末のゴルフ以来、久しぶりに一面の雪景色だ。午前中、仙台の親戚から電話があり、「こっちは晴れているよ」とのことだった。
○ でも、肌寒さはそれほど感じないので、すぐに融けてしまう雪のようだ。土曜日だというのに、どこへも出かける気にならず、コーヒーを飲んだり、一服したりして、のんびりしているのだった。それにしても…
―― 昨夜、浅草のうな重は旨かったなあ〜
TKさん、本当にごちそうさまでした。そして、元気の出るお話し、大変ありがとうございました。
◆ 読まれずにいた文庫本の「美空ひばり」… 2006 01/20
○ 先日、寝室の本棚に放置されていた「『戦後』美空ひばりとその時代」 を手にし、「うーん、これはとても今、読みたい気がする」と感じたので、さっそくカバンに入れて通勤時間帯にページをめくっている。
○ のっけから作者である本田靖春さんの意気込みが伝わってくる。驚いたことに、美空ひばりさんの父は栃木県河内郡の生まれであるという。この1月から下野市と町名変更されたけれど、私の住んでいる場所が、まさに最近まで「河内郡」だったのである。この本を読み終えたら、演歌好きの自分としては…
―― 美空ひばりさんの歌を何曲か覚えたい
と、 無謀なことを考えているのである。
◆ あっという間に、7000億円… 2006 01/19
○ いくら頭が良く、時代の最先端を行くホリエモン様でも、時価総額を3年もしないうちに7000億円までもっていくには、かなりの無理があったようだ。昨日のテレビニュースのトップは朝から晩まで、ライブドア一色であり、社章(ロゴマーク)を何度も見ていたら、「ドラえもんの『どこでもドア』に似ているなあ!」と感じ、一連の騒動が漫画チックによみがえってきたのである。
○ 堀江社長が33歳、宮内財務最高責任者が38歳だという。検察の今後の取調べによるけれど、最悪の場合、お二人は経済犯罪者として罪に問われることになる。トラブルメーカーとしての「ホリエモン」グループは、今回の事件によって、完全に政財界から見放されそうです。 「出る杭は打たれる」という格言がある中で、「違法行為スレスレ」的な綱渡り的経営には落とし穴があったと思うのだ。
○ それから、週刊誌等にライブドア内での指導権争いや、評価をめぐって社外に去った人たちが内部告発的な記事を掲載していた。組織や団体が弱体化したり、衰退したりするのは、大半が内部崩壊によるという歴史もあり、今回の事件もそのように理解すべきだろう。株主への還元や社内の融和、社員への正当な報酬などを怠り、時価総額を増やすことを至上命題としてきた結果なのだ、と私は思っている。そして…
―― 額に汗して、モノ造りに励みましょう
と言いたいのである。
◆ いろはの「い」… 2006 01/18
○ 鹿児島県には、学生時代の友人が二人暮らしています。その縁もあって、私は数回、遊びに行ったことがあります。 ゴルフを始めるきっかけをつくってくれたのも、その二人でした。50歳近くになってからは、詩吟教室に通うようになったのですが、これまた鹿児島出身の宗家がひらいた流派ですから、当然、西郷隆盛さんの漢詩も覚えることになりました。
○ また、昨日のことですが、「心こそ 軍(いくさ)する身の 命なれ そろゆれば生き 揃はねば死す」という和歌の出典を探したところ、「島津日新公いろは歌」であることが判明しました(これまた薩摩藩ですから、鹿児島なのです)。作者の島津忠良は、1492年生まれなので、かれこれ500年以上も経過していますが、1546(天文15)年、急速に増大化していた家臣団の指導と教育に関心を寄せ、規律を理解しやすく、覚えやすいように、いろは順の歌にした先見の明には敬服いたしました。
○ さて、「島津日新公いろは歌」の「い」が、私にとって心に響きました。 昨今、「自分は口ばっかりで、実行が伴わない男である」との自覚が強かっただけに、 反省の念を含めて印象的でした。
―― いにしへの 道を聞きても 唱へても わが行いに せずばかひなし
【私流現代語訳】 いたずらに古今東西の本を読み、立派な教えや学問、芸事から薀蓄(うんちく)までも口にするけれど、当の本人が実行しなければまったく役に立たないものだ。
◆ ハムスターの老衰を見ている… 2006 01/16
○ この当時は、まだまだ元気だったけれど、2006年を迎え、わが家のハムスターは2歳を2か月ほど過ぎていた。今日、テレビで「ハムスターの1か月は、人間でいうと3年になる」そうだから、わが家のボンは、とうに80歳前後の老人なのである。
○ 病気もせずに、ハムスターの寿命といわれている「2年」を、元気でいていくれたボンではあるが、このところめっきり老衰状態になり、見ていても痛ましいほどである。 桜の季節までは持ちそうにないけれど、これからの日々を温かく見守ってあげたいと思う。
―― お前は、ずっと健気に生きているなあ〜
―― ありがとう! ボン!
◆ 音楽を聴くツールの激変… 2006 01/16
○ アップルのipodによって、音楽を聴くツールや環境が激変している。50歳過ぎの私には、まったく理解不能である。レンタルショップでは、自分が聴きたい歌手(この言葉が死語かも、今はアーチストかな?)の品揃えが極めて悪く、CDを購入する場合、 演歌関係は確実に注文しなければいけないのだ。
○ それならば、ミュージックテープということになるが、 これまた品揃えが悪く、割高であり、購入したあとも巻き戻し、選曲、リピート機能など、CDやMDに比べると、 とても不便なのだ。そして、昨今はインターネット経由やパソコンを使ったipod等の小型・大容量機種が定着しつつある。この流れに、ソニーさえもが打撃を受けており、私に至っては…
―― ラジカセ時代が懐かしい
と思うのだ。
◆ カフェインを麻薬だと信じていた… 2006 01/14
○ 昨日、私は恥ずかしい話なのだが、「コーヒーに少量含まれているカフェインの純度をあげれば、麻薬になる」と、ずっと信じていたことに気がついた。実にのん気なもので、完全に「ヘロイン」と混同していたのである。
○ 以前から、カタカナの単語が覚えられなかったけれど、「ヘロイン」と「カフェイン」を同じ意味として理解していたことに、愕然としてしまった。52歳の社会人である自分は、記憶装置部分をメンテナンスすべきなのだろうが、もはや完全な手遅れ、無駄な努力はよそう。
―― そんなときは、笑ってごまかせばいい
と思ったのである。
◆ 高輪プリンスホテルの中庭にて… 2006 01/14
○ 本当は、もうすでに真夜中の時間だけれど、昨日の印象に残ったことを書き留めておきたい。所用があり、高輪プリンスホテルへ出かけ、30分ほど時間が余ったので、中庭を散策してみた。歴史のありそうな茶室や観音堂、錦鯉がゆったりと泳いでいる池もあり、欧米人の親子が見入っていた。
○ 鐘つき堂があったのには驚いた。植栽も文句のつけようのないほど、自然のままを装い、たっぷりと人手をかけていることがわかる。創業当時から、立派な庭師が連綿と世話をしてきたのだろう。西武の堤王国は崩壊したけれど、ホテル経営のノウハウは一流であることを再認識させられた。
でも、ラウンジ等での…
―― コーヒー1杯1000円は高過ぎる
◆ 瞬間的に怒るときがあってもいいのに… 2006 01/12
○ この頃、とても反省する機会が多い。自分が嫌になってしまうほどではないけれど、おそらく、それに限りなく近い。このギリギリのところで、いかに踏ん張れるのかが大事だと思う。
○ 回りの状況をみて行動することが苦手である。早とちりは日常茶飯事であり、じっと固まっていることにしたら、今度は反応が鈍い、人の話を聞いているのかと呆れられてしまう。
○ 怒りをもって人をかばったり、弁護したりする一瞬に至っては、妙に遠慮しがちである。これでは卑怯なヤツと言われても仕方がないだろう。ときには瞬間湯沸器のように、怒り狂ってもいいはずだし、若い頃にはそうしていたような記憶がある。いつの間にか、自分の保身ばかりを考えているような人物になってしまったらしい。というわけで、
―― 私心なく物事にあたりたい
と願っているのです。
◆ 品性の悪さ、性格の卑しさを想うとき… 2006 01/11
○ 身体に悪いとわかっていながら、 ついつい甘いものに手を出してしまう。酒席では、残すということを知らない食べっぷり、皆で食べる盛り合わせでも、一番先に手をつけるなどといった性癖に気づかされるとき、どうしても「育ちの悪さ」を感じてしまうのだ。 そのことによって、自分が育った環境や両親を卑下しても仕方がないし、それこそ天罰に値するわけだから、自覚した私がこれからでもきちんと直していけばいい。
○ ある先輩がパチンコで負け続ける人を称して、「ギャンブルが弱いくせに、欲張りな人物」と述べていたこと思い出した。お酒が苦手なくせに、酒席に顔を出し、何か勉強になることを吸収したいと躍起になっているような自分だって、それで体調を崩してしまったら、元も子もないのである。52歳、とっくに責任を持たなければいけない年代にも関わらず、遅いぐらいだけれど、気がついたときからスタートするしかない。上品は似合わないけれど…
―― 卑しい、下品のままでいることはない
◆ 年賀状への複雑な想い… 2006 01/10
○ 2006年の年賀状については、ほぼ片づいたと思う。あとは、住所変更および記載ミス等で返送されてきた人への対応だけである。以前に現役を離れた人から続いていたり、去年来なかった人から届いたり、喪中明けの人から来たり、出すか、出さないかの判断が毎度、悩みのタネになってしまう。
○ そこで、一定の枚数(例えば200枚)を決めておき、そこでの出し入れをしている人が多い。とても合理的な考え方だと思うけれど、なかなか自分では出来ていない。割り切りがどうしても必要なので、来年は一定の方針を決めて、自分なりの整理の仕方を確立してみたい。
◆ たくさん産んで良かった… 2006 01/09
○ 「たくさん産んで良かった」という言葉は、都はるみさんのお母さんが述べたものである。4人の娘さんと1人の息子さん。都はるみさんは「あんなに頑張る人はいません。私には出来ません」とうつむきながら話していた。
○ 都はるみさんが引退していた頃、親友であった中上建次さんは「お前は、自分の歌に恥じるな」と、何度も歌い続けるように言われたそうである。その言葉を耳にして、私はこれまでずっと、恥ずかしがり屋であることを言い訳にしてきたのかも知れないと、胸に手を当ててみた。そして、
―― 一度だけの人生、照れや羞恥心は無用
と思い至ったのである。
◆ 気楽に真面目に歌っていきたい… 2006 01/08
◇ 日本テレビの「波瀾万丈」はけっこう見てしまう番組である。本日は90分の拡大版で、演歌の都はるみさんが登場した。最近、私は「北の宿から」を歌うようになったので、興味深く画面にクギ付けになり、ときにはもらい泣きをさせていただいた。私よりも5〜6歳年長で還暦が近いというのに、心から湧き出る若さを感じ、父や母、そして友人であった中上建次さんなど、親しき人たちとの別れを経て、表情には重厚なやさしさがにじみ出ていたように思う。
◇ 一度引退し、5年間のブランクを取り戻すまでには、ちょうど同じだけの5年を要したという。腹式呼吸という言葉が数回、都はるみさんの口から発せられ、一応、詩吟教室に通っている自分としても、毎日の鍛錬が大事で日々の練習を怠ってはならないと痛感させられたのである。「これからは、賞を取るとか、売れてなんぼ、ということではなく、気楽に真面目に歌っていきたい」と述べていたが、「気楽に」の後に「真面目に」が付くところにポイントがあるよね。ちなみに、都はるみさんの…
―― モットーは、今がすべて
◆ 大相撲で言えば、私は脇が甘すぎる… 2006 01/06
○ 年末年始にかけて、いいことが続いたせいもあり、少々ではあるが「浮かれ調子」になっていたようだ。冷静に振り返ってみると、やはり落ち着きがない傾向にあったと思う。軽薄で、油断や見当違いも多々ある。
○ そこが長所だと言い張ることも可能だけれど、空元気であっては長続きせず、世間はそれほど甘くないのである。自分はどうも大相撲に例えれば脇が甘いようだ。わかってはいるのだが、なかなか修正できないのには困ったものだ。悪いことは、そんなには続かないが…
―― いいことだって、ずっと続く訳ではない
◆ 年末の健康診断の結果は再検査だった… 2006 01/05
○ 鹿児島の友人Tくんから今年初めてのメールが届いた。体重が増え、80キロになってしまったらしい。「肝に銘じて体質改善にとりくみたい」と書いてあった。Tくんはやせ型であったから、自分としては想像ができないほどだ。ぜひ、Tくんの減量が成功しないうちに、太った姿を見てみたいと思う。
○ 仕事始めの日、私の机の上に昨年末に受けた健康診断の結果があった。予測していたとおり、「糖尿病の再検査に来院して下さい」との記載があったので、診断結果を詳細に前年および前々年と比較してみたら、それほど悪化しているとは思えない。でも、今年は53歳になることでもあるし…
―― 糖尿病の再検査を受けよう
と思っている。
◆ ついつい見てしまった「電車男」の再放送… 2006 01/03
○ まったく、私の朝令暮改的な言動には呆れてしまうのである。テレビなんてつまらない、と断言しておきながら、「電車男」に感激してしまったのである。1月2〜3日の午前9時半ばから、夕刻近くまで日本テレビの箱根駅伝を意識した編集により、全11回を再放送したフジテレビの決断に拍手を送りたい。今夜、おそらく私は、青山さん(エルメス)役の伊東美咲さんの夢を見てしまいそうな予感がする。
○ 「ごくせん」にハマったのも、一昨年末の再放送をまとめて見たからで、連続ドラマを1週間に1話ずつ見る根気はなく、年々せっかちになってきており、たとえ数時間かかろうともいっぺんに済ませるのがありがたいのだ。それから、もう一人、エンタの神様の女性司会者である白石美帆の役柄が印象に残った。
―― あんな女性に、私はすこぶる弱い
ということを新年早々、告白しておこう。
◆ 格闘技もお笑いも、消費し尽くされようとしている… 2006 01/01
○ 新年おめでとうございます
○ 大晦日放送のプライドやK−1関係の格闘技を見ても、2〜3年前ほどの面白さや興奮を感じなくなってきた。視聴者の欲求には限りがなく、登場する格闘家の供給も底をついてきたようだ。大相撲の第64代横綱であった曙選手は、どうみても格闘家を引退した方がいい。あの大きな腹部と細い足を見て、誰もが格闘技に向いてはいない、と再認識したに違いない。
○ お笑いにも影がさしてきた。若手芸人たちが、番組を掛け持ちしながら、目の下にクマをつくってまで、テレビに出過ぎるということは、「売れている時期にドンドン使う」ことを使命とするマスコミの常識なのだろう。しかし、視聴者だって「同じものをたくさん食べ過ぎたら、しばらくは食べたくない」のと同じように、飽きてしまうのだ。10年前後の下積みをしてきた多くの若手芸人たちは、新ネタを作って、磨き上げていく余裕もなく、視聴者に消費し尽くされ、その中から、わずかな芸人だけが生き残るという修羅場にいるのだろう。それにしても…
―― テレビが、年々、つまらなくなっている
ことは事実である。つうつい見ちゃうけれど…。
