| 01/28 | |
塙町(はなわまち)の町おこし(2000年9月) |

* この大地で、私は生まれ育ちました。
▼ 私の生まれ故郷は福島県の阿武隈山系南端の内陸部、久慈川の上流を挟むような形で東西に拡がっている塙町(はなわまち)である。2000年9月12日、TBS午後7時54分からの「学校へ行こう」を見ていたら、
「本日の未成年の主張スペシャルは、町おこしのためにぜひ、この番組に来て欲しいという投書があったので、塙町にやってきました。」
というV6のメンバーの話を驚きながら聞いたのでした。
▼ 秋の収穫祝いを兼ねて、久慈川で催される「俵引き大会」など、ここ最近の塙町のとりくみには、少なからず個性らしきものを感じたりしていたけれども、町おこしのためだから、きっと役場も協力したのだろうが、ロケ場所も学校ではなくて、しっかりと見覚えのある町役場の屋上であった。そして、
「うちのパパはお医者さんをしていまぁーす。でも、何をしているかと言えばあー、チンチンを治していまぁーす」
と主張したのは、6歳の少女だったが、それはそれで良いとしても、60歳代後半と思われるおばちゃんには参った。
▼ 彼女は、塙町の嫁不足に関する時代錯誤的で、大きな勘違いを含む、かなり独特の見解を大きな声で次のように述べたのであった。
「嫁が来ねぇがらってぇ、服装に気つかってっけどぉ、それはぁまぢげぇだぁ。男は丈夫が一番だあ〜。若い頃、うちの父ちゃんなんか、毎晩のように来たもんだぁ〜。心配すんなぁー、嫁はさがしてやっからぁー。でもぉー、種付け(たねつけ)わぁ〜、自分でやれぇーっ。」
「おい、おい、これって全国放送なんだから」
と、私は唖然としながら見ていました。冷や汗が出ましたよ。
▼ 町役場もだいぶ古くなってきたなぁー。住んでいる人々は相変わらずであり、牛や馬と同次元で、男女関係を把握しているところなどは、日本的な村落共同体の精神が残っているのかなぁ。今でも、家の牛に子牛が生まれたら、近所となりに赤飯を持っていくのだろうか。かつて、私の父も相当の世話好きで仲人の名手ではあったけれども、あのおばちゃんは、あのおばちゃん流のやり方で、「嫁探し」をしているんだろう。などと考えていたら、少し頭がクラクラしてきた。それほど、あのおばちゃんの印象は強烈でした。
