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FILIXくんの目覚まし時計…

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◎ FILIXくんは黒猫のキャラクターで、からこれ20年も前に、カミさんが結婚前から使っていたものを持ってきた。新婚時代には目覚まし時計として活躍していたが、現在はリビングにあるいくつかの時計の中の一つとして、実際に時を刻みながら、実質的には置物化している。そう考えてみると、時計とういうものは実に長持ちするものだなー、と思う。さて、長く夫婦を続けていると良いことばかりではない。

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◎ FILIXくんの目覚まし時計は、クオーツタイプのキャラクター商品であり、カチッ、カチッという規則正しい音が、自分にとっては腹立たしい音に聞こえるときも多かった。7~8年前だと記憶しているけれど、カミさんとの折り合いが悪く、何かと衝突することがあって、3週間ほど別々の部屋に寝ていた。そのとき、私はデジタル方式で、なおかつ音のしない目覚まし時計を買って、カミさんに起こしてもらうこともなく、自分で起床し、無口に振る舞い、あいさつもしないで出社していたことがある。その思い出の目覚まし時計とFILIXくんの目覚まし時計が、偶然、一緒に並んでいたことがあり、私はケータイのカメラで写しておいたのである。
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シャコは、カミさんの大好物

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◎ 僕は、どうしてもと言われた場合、お寿司のシャコなら一つ二つぐらいならいただけるが、見た目での拒否感もあり、すすんで注文することがなかった。しかし、シャコはカミさんの大好物であり、海辺の町に住むカミさんのお母さんが、シャコをたくさん送ってくれた。シャコとは、漢字で「蝦蛄」と書くとおり、いかにも「虫っぽい」と思う。

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◎ 寿司屋で食べるシャコは、いわば服を脱がされた状態であり、実物はずっと大きいものだと知られた。カミさんは、シャコの皮をむしり取り、中味を食べていたが、私はシャコの本体を手に取ることもしたくなかった。むいでもらった中味だけを、一つ二ついただいたけれど、実物の印象が強くて味わうような気分にもなれなかったのである。

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僕の好きなジャンクなお菓子

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◎ 近所のスーパーマーケットで、このチョコパンを見つけたとき、僕の心は躍ったのである。子どもの頃に食べた、チョコレートとの最初の出会い、そんな昔の記憶が一瞬にしてよみがえってきたのである。さっそく食べてみたら、とってもジャンクな味と香りのチョコレートコーティングだったし、パンの部分も下品な歯ざわりだった。でも、それが実にいい感じだったのである。昔の感覚、それって捨てがたいものだと再認識させてくれた。

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◎ 砂糖のふりかかった「鈴のカステラ」は、100円前後の値段で、いろんなお店に置いてある。今に至っても、私の甘いお菓子の定番なのだ。1か月に一度は絶対、妙に、とっても食べたくなってしまう。それから、最近、とても食べたいと感じているのが、ハウスバーモンドカレーなのである。昨今、「こくまろ」だとか、カレー専門店風、本格カレーのルーが主流となっているけれど、りんごとハチミツが強烈に懐かしい!

手軽でおいしいワイルド・バーン

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◎ 子どもが自動車教習所を卒業したという日の夜、小山駅で待ち合わせ、ワイルド・バーン(Wild Barn)小山店へ寄り、家族で外食をした。ワイルド・バーンについては、栃木へ引っ越した当時から手軽な食事をするときに利用していた。場所は、小山市西城南3-22-5である(日頃、運転をしないので詳しく説明できない)。ホームページを閲覧したところ、看板メニューとして「芝エビのスパゲティ(960円)」「ハンバーグカレードリヤ(860円)」「カルボナーラ(960円)」が紹介されていた。

◎ たしかに、「芝エビのスパゲティ」は美味しいけれど、私にとって一番なじみ深く、毎度のように注文するのは、ハンバーグとサラダ、そしてライスが一緒の大皿に盛られている「ハンバーグボール」だ。ライスを大盛りにしても値段は変わらない。ハンバーグの普通サイズで560ぐらいであり、ビックでも600円台、甘めのソースも定番なのである。真岡市内にも、ライトオンの隣にビック・バーンがあって、年に何度か寄っている。我が家一同はパスタとピザが大好きなので、ボリュームたっぷりの手軽な外食にはもってこいのお店なのである。

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つけ麺の天空は、経営哲学がしっかりしている…

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◎ つけ麺のうまい天空については、以前もご紹介したと記憶しているが、先日、Webで検索してみたところ、ホームページもしっかりとした内容であり、店長やその仲間たちの想いが感じ取られたのである。来店するたびに、店舗中央で采配をふるう店長を除き、少数精鋭のローテーションで日々、調理場でのラーメン道探求とお客様サービスに精進している姿が、好印象を与えてくれる。ホームページのメンバー紹介を読み、改めて天空のラーメンに惚れ直したのである。

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◎ 天井の高いカウンター席だけの店内は禁煙であるが、入口にブリキ製の赤いスタンド灰皿が設置されている。お店の雰囲気はゴツゴツしたイメージで、コートなどを架けるフックも頑丈で大型の金属製であり、空調ダクトも露出し、倉庫風のインテリアで統一されている。そして、ラーメンを食べるカウンターもステンレスなのだが、器や水のコップを置く部分だけ切り取られ、そこに陶板が組み込まれている。お客さんがテーブルに手を触れたときに、「金属の冷たさ」を感じさせない配慮なのだと思う。まだ、オープンして1年ぐらいだと記憶しているが、昼休みの混雑をみる限り、「名店」への道を確実に歩んでいると確信しているのだ。

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田町・環境派2007.2

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◎ 今年は例年にない暖冬であります。栃木県南部へ引っ越してから15年目を迎えましたが、このままの状態が続けば、初めて雪のない冬になるのでございます。しかし、その日は晴れてはいましたが、日陰に入ると肌寒い朝でした。先週末、私の職場の最寄り駅である田町駅西口周辺の「やめよう!歩行喫煙キャンペーン」がございました。私は区の職員さんからD班に配置され、田町駅を背にして、第一京浜までの芝4丁目と5丁目の清掃活動に参加させていただきました。今回も、自分なりに目についたゴミ類の感想をご紹介したいと存じます。

◎ 「たばこの吸い殻」以外に多数拾ったものの第一は、爪楊枝でした。おそらく、美化キャンペーン等の清掃活動へ参加するようになる以前は、私も歯周病持ちですから、昼食後に爪楊枝を毎度のように使っては、生垣の中あたりに捨てていたような記憶があります。それにしても目立ちました。まだ若い年代の同僚に話すと、「あの周辺は、きっと中高年のサラリーマンが多く存在するのでしょう」と冷静に分析してくれたのです。自分も加齢に伴って歯に隙間ができ、食事の後にそのままの状態で放置すれば、とても人前に出ることさえためらわれるほどですし、何よりも口臭の原因になりますので、応急処置としての爪楊枝は欠かせないのでございます。

◎ コンビニの領収書類もいくつか拾いましたが、初めてだったのは「浦和競馬のハズレ券」でした。私なら悔しい想いを込め、いくつかに破ってからゴミ箱に捨てることでしょうが、そのままポイと生垣に捨てる人もいるのですね。それから、相変わらず真新しいネジを5本も拾いました。どのような理由から、路上に大事な部品であるネジが落ちているのか、少し心配になりました。「二人で一人」という「ボルトナット」のボルトだけが、一人ポツンと路上に取り残されているのは、寒空の下で物悲しいものがございました。

◎ 珍しいところでは、ボタンが4個も落ちていました。重厚なボタン、きっと冬という季節柄、コートについているボタンだと推測できますが、目につく部分のものだと間が抜けて見えるから、落とした人はけっこう困っていることでしょう。「おーっ、こんなものまで!」と驚かされたのは、生垣の中からCACIOの卓上電卓を発見したときでした。もちろん風雨にさらされ、使い物にはならない品物ですが、今や計算はパソコン(エクセル)で行いますし、簡易な計算はケータイで済ませる時代ですからね。一時代前のヒーローの姿を懐かしむ想いでゴミ袋に拾い入れたのでした。

富庄/巣鴨の定番・居酒屋なのです…

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◎ とは申しましても、皆さん方は「とげ抜き地蔵」ばかりをめざすのでございます。ちょいとその前に、線路沿いの路地を左にお曲がりいただければ、我ら安川堆洲詩吟教室の面々が立ち寄る「富庄」があるというのに、でございます。先日、私としては3度目になるのでございますが、メンバー諸氏と一緒にでかけたのでございます。下戸の自分はレモンサワー1杯で、お腹いっぱいになるほど食べた挙句、お土産と称して「ベーコンポテト」を手に帰宅したのでございます。

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◎ まずは「富庄さん」のご紹介でございます。

所在地  東京都豊島区巣鴨3-25-5
電 話  03-3918-3937

     ご予約、随時受付中でございます。

◎ お次にメニューをご覧にいれとうございます。

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・ 合鴨のクンセイ(980円)
  おおかた食べ終わった段階の画像でございます。
そのボリュームに思わず頬が緩むのでございます。
  「日本酒に合う」と、酔狂院さんの好物でございます。

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・ ホタテフライ、若鶏ササミフライ
  食べ盛りのKTくんのお勧めでございます。
  サクサクでジューシーな食感に感動いたしました。

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・ オムライスもしくはチキンライス(700円)
  ここまでやるか、というほどの大盛りでございました。
  通常メニューは「オムライス」でございます。
  お客様のご要望にお応えします、とのことでございます。

◎ メニューのご紹介を続けとう存じますが、安川先生は「豆腐ステーキ」を2人前注文しようとしたのでございます。そこで、私は「そんな無茶はお止め下さい。他のメニューも頼んでありますので、この店のメニューはどれも驚くほどのボリュームがあります。5人で2人前は無謀ですから、1人前にして下さい」と、あわてて制止したのでございます。ベーコンポテト、これは実によろしゅうございました。表面がカリカリ、お好み焼き風の味付け、出来立ての旨さにはかないませんでしがた、半分をアルミホイルに包んでいただき、翌朝、私はカミさんで美味しく食べたのでございます。

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※ ちなみに、お店のご主人は「札幌冬季オリンピック」選手村の調理場で、存分に腕を振るった経歴がございます。メニュー一つひとつのボリュームに加え、その味も美味しいという証左がここにもあるのでございます。

「水は方円の器に従い」('2002/1/28)-by水元正介

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◆ 昨年末に友だちから誘われ、詩吟の会と忘年会にお邪魔した。発声練習から始まり、大きな声を出すことに異様な感じを受けたけれど、腹から思いっ切り声 を出すためには、背筋を伸ばして姿勢をただし、複式呼吸の要領を覚える必要があり、すこぶる健康に良いことが実感できた。
それにもまして、次の古い詩が吟じられるのを耳にし、「人学ばざれば道を知らず」とは、まさに自分の現況を的確に言い当てられたようで、強烈な感銘を受けてしまった。

「玉みがかざれば」 逸名

玉磨かざれば 光を成さず
人学ばざれば 道を知らず
水は方円の器に従い
人は善悪の友に依る


◆ 詩の大意は、玉、人、そして水も、そのままでは利点が発揮できず、外部からのアクションや自助努力が不可欠であるという意味なのだろう。私なりの解釈 を述べれば、まず「水」については、「器の中で静かになる(従っている)」ことが常であり、それをふまえた日本の「治水思想」が長く息づいていたと思い知 らされた。
 しかし、人は「方円」を形づくるときに小さな間違いを犯し、高度成長に至る過程で大きく脱線してしまったのだ。
 治水を公共事業にたとえれば、政治家の口利きなど、学び続けずに道(倫理)を知らない人たちによって、各地で水の流れがよどみ、海苔や魚介類に悪影響を与えてしまったのではないか。

◆ さらに、「玉」をお金にたとえれば、世界中で一番よく働き、経済大国になったわが国は、その成果である「玉」を有効に国内へ投資したり、新しい事業を開発したり出来ず(玉を磨けず)、いまだに不良債権の重圧から逃れられないでいる。
 この詩は最後に、人にとっては自助努力に加え「友」が大切であると説いている。個性の時代や自己責任が強調されている世相の中で、「人は善悪の友に依る」ということが、動かし難い事実として強く訴えかける力があると思った。
 
◆ 読み人知らずの古き詩ではあるけれど、「資金・人・水は決してバラバラに考察されるものではなく、トータルとして考察できるものだ」ということを、わかりやすく私たちに教えてくれているような気がする。
 金融・財政、雇用・教育、公共事業といったテーマを、それぞれが縦割りで解決しようとしても限界があり、今こそ、古き時代の人たちが吟じたようなトータル的な観点に立ち、解決策を構想していくべきときなのだろう。

「人間の役に立たないような場所」('2001/11/30)-by水元正介

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* たばこを吸う人、灰皿にも世間の風当たりは強い!


■ 読書の秋ということで、岩波文庫の『荷風随筆集(上)』を読んでいる。高下駄をはき、こうもり傘を手に、都内を散策して感じたことなどについて、月刊『三田文学』に「日和下駄」と題した随筆を連載した。
 東京の変化、人々の日常、日本人の心根などが淡々と描かれているのには驚いた。とくに私が気に入ったのは、「空き地」が少なくなっていく様子や、古くて愛おしい風景が無残にも壊され、何の疑問もなく、歴史として伝承もされず新しくなっていく描写であった。
 日本人は、過去に対して慈悲の気持ちがないのだろうか、それとも新しいもの好きなだけなのだろうか。私は、それが「人間の役に立つ、役に立たない」という基準だけで、切り捨てられてきたような気がしている。

■ その典型的な事例は、東京湾に数多く存在した「干潟」であろうと思う。現在、50歳代の千葉や東京の海岸近くで生まれ育った人たちは、子どもの頃にあれだけ遊び親しんだ「干潟」が、いつの間にか埋め立てられ、残された数少ない干潟もゴミにまみれ、風前の灯火になっていることに心を痛めていることだろ う。
 しかし、最大の被害者は干潟に生息していた魚介類や鳥たちだったに違いない。人間の価値判断によって、生きる場やエサ場を奪われてしまったのである。
 そして、1997年4月14日、長崎県諫早湾の干潟が293枚の鉄板で仕切られ、あの残酷な映像は今でも強烈な印象として残っている。その日を忘れないために、環境NPOは4月14日を「干潟を守る日」とし、全国各地での運動をすすめる決意を示した。

■ 2001年は、有明海の養殖ノリ異変や千葉県知事選挙などによって、干潟保全へのうねりが高まるとともに、干拓事業の中断や埋め立てを見直しことになり、私はとても良い傾向だと思ったのだ。
 今さら、諫早湾を干拓した農地で何を作るのか、農林水産省の「投資対効果」に対する感覚を疑わざるを得ない。くわえて、牡蠣養殖には雑木林からの豊かな水が必要であるように、農業・林業・漁業をトータルとして見つめ、将来的な方向づけをしていかなければ自然のバランスを崩すことなり、農林漁業の共倒れになりかねないだろう。まさに、行政としての責任が問われるところだ。
 堂本氏が、劣性をはねかえして千葉県知事に当選したけれど、彼女をまっ先に候補者として擁立したのは、自分の想い出と共にある干潟を愛し、黙々とゴミ拾いを続けてきた個人タクシーの運転手だった。政党や組織、業界推薦などの「人間集団に役立つ」という論理に対して、顔の見える個人の感覚や自然との共生を優先させることが、今ほど大事な時はないと思うのだ。

■ 最近、干潟の価値も再認識されてきており、たとえば水質浄化能力については、三河湾北西部に広がる1000ヘクタールの一色干潟で調べたところ、人口10万人分の下水道処理施設に相当する浄化能力があることがわかり、また、3000ヘクタールの諫早湾では、その3倍の能力があると試算されている。
 諫早湾のギロチン(鉄板で仕切ったこと)によって、海の浄化能力が失われ、海水の富栄養化が進み、有害な赤潮の発生やプランクトンの異常増殖につながった。それが、「有明異変」の原因になっていると生物学者らも指摘している。
 まったく役に立たず、単なるヘドロにしか見えない干潟は、魚の産卵場であり幼魚の生育場でもあり、有明海はトラフグの産卵場であることも確認されている。 欧米では、干潟が役に立たない無駄な空間ではないことを知り、失った干潟や湿地の復元にとりくんでいるという。わが国でも、早急に見習うべきだ。

■ 干拓したり、農地を造成したりして、果たして何のメリットがあったのだろうか。
 農業用地で何を作ればいいのだろうか?
 今の時代に、リゾート開発で成功する展望があるのだろうか?
 そんなことをするぐらいならば、開発しないで、そのままにしておくことが、「子や孫のためになり、かつ将来的に価値を生むこともあるのだ」ということを、私たちはもっと早く気づくべきだったのではなかろうか。

* 本稿では、2001年4月13日の朝日新聞「『記者は考える/有明異変』で知る干潟の価値」を参考にした。

最近、パチンコをしていない…

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◎ この画像は、私とカミさんが駅で待ち合わせをして、少し早く所定の駅に着いてしまったので、久しぶりにパチンコをしたときに、ちょっと触った台である。「1・2の三四郎」という高確率だけど出玉は少ない台なのだ。偶然、村田英雄さんの「姿三四郎」という演歌を覚え中だったから、何かの縁だと感じた。

◎ さて、パチンコ屋さんにおける「たばこ」の位置づけは、まだまだ禁煙でも分煙でもない「喫煙フリー」のお店が多い。空調設備の進化等により、さすがにモーモーと煙に満ちた空間ではないが、喫煙者天国であることには間違いない。とくに、灰皿の改善は著しく、煙を内部に吸い込む形態が採用されており、業界団体の努力を再認識したのである。

「オランダは偉大だ」('2001/8/22)-by水元正介

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■ オランダは小国であるが、政治・経済・社会・スポーツ等の面では世界的な影響力が大きい。マスコミ報道で取り上げられることも多く、とくにスポーツで はサッカーをはじめ、バレーボール、水泳、柔道などで活躍するアスリートが多く、室内外を問わずスポーツが盛んな国である。人口は少ないけれども、身障者 の分野を含めたスポーツ全般を楽しむ「すそ野」が広いのだ。
 改めて、「人口は日本の約8分の1(1500万人)、面積も九州よりも小さな国」と聞けば、多くの日本人は意外な顔をする。何を隠そう私もそうだった。
 幼い頃からの記憶をたどっていくと、
(1)小学校低学年の国語教科書に、堤防の小さな水漏れを発見した少年が的確な初期対応をとり、決壊を防ぐ話が掲載されていた。
(2)私が小5のとき、東京オリンピックの柔道無差別級で、オランダのヘーシングが金メダルをとった。
(3)オランダには風車がやたらに多いことを教えられた。
(4)中学では、チューリップの球根生産で世界一なのがオランダであることを知った。
(5)世界史・日本史の勉強では、オランダと日本の深い関係を学んだ。

■ 大学2年生のときに、列車に乗ってオランダを通過したとき、窓から見る景色は美しい田園であったような記憶がある。日本でのオランダ情報では、「飾り 窓(売春施設)は絶対に寄ってくるべきだ」ということだったけれど、当時の私(限られたお金での一人旅)にはそんな余裕はなかった。
社会人になってからも、オランダに関する情報は多かった。最も感心したのは、長年にわたり「水とうまくつき合ってきた」ことによって、土木工事の技術進展とともに、国民の合意形成能力が高まったである。
 もちろん、公共事業にまつわる不正など生じるわけがなく、埋め立てや河川工事等においても、地域住民の合意形成にもとづいて行われているのだ。そこが、 日本とは決定的に異なっている。外に向けても資金が集まるようなシステムを構築し、多くの多国籍企業が実質的な本社をオランダに置いている。
 日本でも台風や豪雨による被害はあるものの、オランダのような国家的危機と背中合わせで「水」とつき合ってきたわけではない。いわば、日本は「水」に恵 まれた国であったがゆえに、「水」に関する事柄から多くを学べず、一方のオランダは「水」の脅威と長期的にたたかいながら、柔軟かつ合理的な社会システム を構築することが出来た、とは言えないだろうか。

■ さらに、最近の社会分野の動きとして注目すべきことがある。
(1)正社員とパート社員の時間給の同一化
(2)売春、安楽死の合法化
(3)同性間結婚の法制化
 とても日本では考えられないことであり、国民の合意形成が得られるわけがない、というテーマばかりである。
 多分、オランダでは「そういう現実があるならば、あとは個人責任なのだから、きちんと法制化しておけばいい」という現実的な発想にもとづいていると考えられる。
 とくに、「正社員とパート社員の時間給の同一化」というのは、すこぶる平等間にあふれ、ワークシェアリング、さらには産業構造の変化に対応する人的資源の シフトなど、産業政策や労働行政の容易さというメリットをもたらし、結果的に国際競争力を強める役割を果たしているのだ。
 話は大げさになってしまったけれど、不景気で金余りの日本は「インフレターゲット」論などに頼らず、現実をよく観察しながら、投資すべき分野を明確にする中で、合理的な政策を打ち出していくべきだろう。私たちは、そんなに知恵のない国民ではないと思うのだ。

「一杯の水」をめぐる攻防('2001/7/6)-by水元正介

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● これほどの長期にわたり不景気が続くと、サラリーマンの昼食にも変化が起こってくるようだ。その勢いを決定的にしたのが、マクドナルドの土日を除く半額セールであると分析できる。
 「ハンバーガーとチーズバーガーを1つづつ買って200円」以内というのは、こずかいを減らされることはあっても、増えることの少ない近時のサラリーマンにとって大歓迎であった。しかし、マクドナルドもそんなに甘くないのであり、昼食時の顧客単価について、「ハンバーガー+ドリンク」を前提にしているか ら、「ランチ」や「定食」に当然ついてくるべき「水」はない。
 
● そこで、ハンバーガー2個を買った男性が、それを受け取る際に「水を下さい」と申し出たところ、「ドリンクの注文ですか?」と念を押された上で丁重に 断られたそうである。そのやり取りの中で、かなり感情的なもつれが生じ、それを周囲で見ていた人たちは「ドリンクぐらい買えよ」とか、「だいの大人がパー トの女性にサービスの基本を説いてどうするのか。みっともない」など、多くは冷たい視線であったとのことである。

● この話を聞いたあと、マクドナルド関係者に「水」の扱いについて聞いてみた。彼女によれば、「100円玉を手にした子どもたちが、ハンバーガー1個を買ってくれ、そのときに水と言われれば喜んで出すことにしているし、基本的に求められれば水を出すのだけれど、大人でドリンクを頼まずに水をくれ、という人はほとんどいないわよ」とのことである。

● ところで、2001年7月6日の朝日新聞によると、ついに牛丼の吉野家でも並盛り400円を280円にするそうである(西日本が7月26日、東日本は8月1日から)。
 インタビューを受けた安部修仁社長は、「ランチ帯におじさんたちが大挙するようになったマクドナルドの影響が大きい。検討を重ねた結果」と採算性には自信を見せているようだが、前年比50%増という客数の目標は達成できるのだろうか。

● これで、「すき家」「らんぷ亭」等に引き続き最大手の吉野家が値下げしたわけであり、私が上京した当時の値段であった「並盛り280円の時代」が定着しそうである。このような薄利多売傾向になってくると、案外「無料のおいしい水」がサービスのキーポイントになってくるのかも知れない。
 うーん、昼食の水をめぐるテーマを考えてみたら、結局のところ、自分を含めて今どきのサラリーマンの哀れな現実が浮上してしまった。

比べることの意義('2001/5/6)-by水元正介

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● 最近、村上龍さんの『あの金で何が買えたか』( 初版発行、角川文庫)を読んでみた。一般的に、日本人は契約感覚や権利と義務の意識が弱いと言われているが、自分たちの支払った税金の使途についても関心がうすく、わが身を振り返りつつとても勉強になった。
 本書の99ページでは、砂漠化防止年間費用1兆440億円と試算されている。砂漠化の主な要因は、過剰な放牧、薪の採取、不適切な灌漑なであり、今や砂 漠の範囲は陸地の4分の1にあたる3600万平方メートルに及んでいる。その一方で、砂漠化の広がりによる直接的な影響を受けている人たちが、世界人口の6分の1にあたる9億人もいるとのことである。
 
● 村上さんは、世界的な資源および富の配分のアンバランスと環境問題への対応の遅れについて、日本が行った「史上最大のむだづかい」と比べることを通じ、わかりやすく解説している。
 冒頭、竹中平蔵さんとの対談も興味深く、小泉内閣での大臣を務めることになったわけだが、勇気と強い意志で「構造改革」の実践にあたってもらいたいものだ。
 上記と同様、2000年12月20日の朝日新聞に掲載された「あなたは得してる?損してる?」も興味ある記事であった。
国の予算(一般会計)がどんな人にいくら配分されているのか、この20年でどのように変わったのかについて、朝日新聞が大胆に予想したものである。
      
●  日本の農業や食料事情の変遷については、本コーナーでも詳細したことがあり、「農林水産業者は半減しているのに、予算額はそれほど減少しておらず、一人 あたりにすれば約30万円増えている」ことについてはすでに把握していたし、「国から手厚く守られてきた」こともわかっていた。
 しかし、それが本当に必要とする分野へ配分されない構造に問題があり、たとえば景気低迷のあおりを受けている失業者では、20年前に比べて約3倍の失業率の高さを反映し、一人あたりでは半分に満たない。

● それから、公共事業のむだ遣いという観点から、何かと批判の多い建設業者の金額をみれば、100万人もの雇用を増加させ、バブル崩壊以降、あれほどの景気対策を行った割には、一人あたりの金額がそれほど伸びていないのだ。
 「いったいあのお金はどこへ消えてしまったのだろうか」という驚きについては、村上さんや朝日新聞の記事に強く共感してしまった私である。新しい事業が続 々と立ち上がり、保存すべきものにはきちんと資金が投入され、不要なものは整理し、効率化すべきものは効率化していく、そんな当たり前のことが早急に求められているのだろう。

煉瓦造りの家に住みたい('2001/4/24)-by水元正介

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○ 私は、若いころから煉瓦造りの家に憧れていた。それが決定的になったのは、30歳の頃にイギリスを車で旅したときだった。ロンドン市内の歴史ある建物は もちろん、橋や歩道にも煉瓦が使われていた。建物は目にやさしく、橋の趣が大好きであり、とくに歩道の凹凸が足に微妙な快楽を与えてくれた。
 その旅でロンドンからウェールズ、スコットランドへと向かう車道から見える景色、なかでも煉瓦造りの建物は、その土地から産出される粘土(clay)の質によって光沢が異なり、草や木の緑とマッチした色合いに感動を覚えたものである。
 煉瓦は英語でBrickという。英英辞典には、a block of clay baked by sun or fire, used in building a house or paving street.と説明されている。このように欧米では、建物や道の材料として広く使われてきたのだが、日本ではコンクリートの影に隠れてしまった感がある。

○ 以前、土木設計をしている従姉妹のご主人に、「日本ではどうして煉瓦が建築資材等として、あまり使われていないのか?」と聞いたことがある。彼の答え は、「煉瓦はコンクリートに比べてもろいので、湿度が高くて地震の多い日本では装飾用などの一部分でしか使えない」とのことだった。
 ところが、自分がいざ家を持つとなったら、一戸建てで煉瓦を多用した注文住宅などは不可能であったから、早々に「煉瓦造りの家に住みたい」という夢は捨ててしまった。
 しかし、東京から遠く離れた今のマンション(集合住宅)を購入しようとしたときに、カミさんの意見もろくに聞かず決断してしまったのは、外壁が煉瓦色のタイル貼りという物件であったことが、私の深層心理に強く訴えたからに違いない。
 
○ 最近(2001年4月21日)の朝日新聞に、「再生れんが110万個山積み」という見出しで、「横浜市商法」が不況で当て外れになったとの記事が掲載されていた。
 それによれば、横浜市が下水道の汚泥処理対策として売り出した再生れんが「ハマレンガ」が、同市金沢区の南部汚泥処理センターの敷地内に、野ざらしのまま山積みされているという。
 1995年から、同センターではタンク内で有機分解した汚泥を消却、圧縮して煉瓦に再生し、公共事業を担当する業者に売っていたが、長引く不況の影響もあり、原価の半値(1個75円)でも売れ残ってしまったらしい。
 同市の下水から生じる汚泥は1日にトラック5トン車で3千台分にもなり、南部汚泥処理センターの煉瓦生産量は1日3300個とのことである。膨大な汚泥の量には今さらながら驚かされるが、大の煉瓦ファンである私としては、横浜市の試みている煉瓦再生事業の長期的な継続を願ってやまない。とくに、環境問題へ の解決策として粘土(clay)の代わりに汚泥を使うという技術は高く評価したい。
 そのためには、土木・建築・設計施工業界の中で、もっとたくさんの「煉瓦」を使って欲しいと思うのだ。

FATHER('2001/2/19)-by水元正介

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* 働き盛りの父の古き写真である。

▼  私は以前「水葬の現代的な意義」を考えてみたが、2000年7月31日の朝日新聞「おやじのせなか」で、辺見庸氏が次のようなことを書いていた。辺見さんの父は1999年4月に亡くなったが、「骨の一部、ずっと持っていたんだけど、この春、隅田川に流した」そうである。そして、「桜吹雪の日に、言問橋か らね。父の最高の思い出は大学のボート部だったこと。隅田川で練習していたから、骨も喜んだと思うんだ。骨なんぞ、いつまでも持っているの、未練たらしい だろ、すっきりしたよ。おやじもすっきりしただろうな。」
 それから、2000年8月8日の朝日新聞「君たちに伝えたいこと」の中で、作家のヤン・ソギルさんは、「大人になるにしたがって、人生は複雑になり、記 憶は錯綜してきます。自分にとって都合の悪いことは忘れ、ときには無意識に捏造したりもしますが、少年の頃の記憶は好奇心に満ちた純粋さの中でつちかわれ 記憶の原点になるからでしょう。それは傷つきやすく壊れやすい感性の
うずきでもあります。」と語っていた。

▼ 続けて、ヤンさんは「その傷つきやすく壊れやすい感性を傍若無人に容赦なく、踏みにじる存在が父でした。父は暴力による恐怖を家族の心と身体に刻印することで、自分の存在を誇示しようとしたのです。人は誰しも自分の存在を認めてもらいたいという強い欲求を、父は暴力でしか表現できなかったのです。」と述べている。
 戦地から引き揚げてきた私の父は、ヤンさんの父に似ているところがあり、子ども心にはとても怖くて、ある意味では凶暴に見える存在でもあった。しかし、年を経るごとにおだやかになり、今年で80歳になった。
 自分が40歳を過ぎ50歳に近づいている今、父が50歳のときはどうしていたのか、何を思っていたのだろうかなどについて、ふと脳裏をよぎることがある。
 そして、田舎で暮らす父や亡き母の面影が浮かぶことも多くなったが、父親に対する想いはどうにも言葉にならないというのが現状である。多分、辺見さんやヤンさんのように父を亡くして、ある程度の時間を経過しなければまともに対面できないものなのかも知れない。

▼ 父の強烈な記憶は、母の存在をなおさら際だたせるものだ。ヤンさんは、「中学生になったとき、私は急に大人になった気がして、鏡の中の制服を着た自分の姿に強い責任感を覚えたものです。具体的な目標はなかったものの、何ものかになろうという意識だったと思います。それは父に対する挑戦であり、母の愛情にむくいたいという思いでした。」と書いている。
 時代的な背景もあるのだろうが、私の場合も同様の気持ちを持っていた時期があったし、「なぜ歳を取るにしたがって少年の頃を思い出すのでしょうか。それは少年の頃の自意識と現在の自意識が重なってくるからではないでしょうか。いま私は亡くなった父や母や姉のことを考えます。そしてこう思うようになりました。私にとって父という存在は父以外の何ものでもなかったし、母もまた母以外のなにものもなかった。この自明の理を64歳にしてようやくわかってき たのです。」という感慨にも深く共感できるのだ。
 少年犯罪や教育論とも関連し、父権の失墜、家族の絆などの重要性も指摘されているが、ちょっと照れくさくて、切なくもあり、かなりやっかいな「父」という存在を各人が心の中できちんと消化していける力を持つこと、それが今日的には案外貴重な作業なのかも知れないと思っている。

河川行政は、やっと変わりつつある('2000/12/21)

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* 小山市内のレストランの入口付近

▼ 建設省の諮問機関である河川審議会(古川昌彦会長)が、「ダムや堤防だけに頼らず、川はあふれるという前提に立って流域全体で治水対策を講じるべきだ」とする提言をまとめ、2000年12月19日に建設省へ答申する方針を固めたことである。朝日新聞の記者は、公に「河川のはんらんを認める」ことになった背景について、「自然環境の保全とともに、従来の治水では立ち行かなくなったという現実がある」と分析している。

▼ 委員の一人も、「従来は河川の人工化をはかってきたが、完璧に洪水を押し込めることはできない。自然の川の性質と機能を尊重する時期にきている。河川行政が大転換をはかるきっかけになる」と話していた。ぜひとも、建設省にはこれまでの河川政策に「自信喪失」していただき、この答申を厳格に尊重してもらいたいものだ。大小の河川をコンクリートの三面張りにすれば、上流で降った雨が一気に流れ、下流でのさらなる治水対策を要請するという「イタチごっこ」は早急に止めてほしいし、これ以上の生態系を崩すことや景観の悪化にはハドメが必要なのである。

▼ 私は「河川をあれほど破壊してきた張本人たちよ、今さら遅い!」と思わないでもないが、やがて水草に生い茂り、川魚が優雅に泳ぎ、川砂から貝が顔を出し、アメンボウが川面を飛び跳ね、透明でヒンヤリとした水流が戻ってくることを願い、積極的に評価したいのである。そして、今回の「河川審議会の答申は、河川行政に携わる者はもちろん、流域に住む市民に対しても相当の覚悟を求めることになりそうだ」という指摘にも同感であり、行政だけの責任ではなく、私たち一人ひとりが「失うのは簡単だが、修復させるのには高いコストと時間がかかる」ことを自覚すべきなのだ、と思う。

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歓迎すべき自身喪失('2000/12/21)

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* 小山市内のレストラン前の二宮金次郎像

▼  最近の国の動きに関する報道で、私が注目したことがある。その一つは、下水道についての認識が変わったことである。これまでは、人口の密集する都市部に適した集中処理方式を最優先させてきたが、それを支持する自治省・農水省に対して、厚生省が各戸ごとの浄化槽方式を強く推奨し、その採用を公的なものとして認知させた。

▼ 集中処理方式による下水道処理は、一定の規模がないと受益者の負担が大きくなるので、とくに人口の集積度の低い地域における下水道普及が進まない原因と 指摘されてきた。一方、浄化槽については効果や衛生の面で問題があったものの、新技術の採用などによって、低コスト・高機能の浄化槽が注目されていたところである。

▼ 本来、河川を汚さないという目的が達成されれば、集中処理方式・浄化槽方式のどちらでも良いはずであるが、許認可や助成金との関係で集中処理方式が優先されてきたことに問題があったのであり、テーマの解決ではなく管轄省庁の縄張り意識が障壁になっていた、と思うのだ。

▼ 今回の決定が、自治省や農水省ではなく厚生省の主導で行われたことは、縦割り行政の弊害を反省した上でのことであれば、私は多いに評価したいし、たとえ関係する他の省庁の自信喪失をシンボル化するものであったとしても、それは「歓迎すべき自信喪失」なのであろう。

トイレとウンチについて考えた(2000/12/18)

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* 田町「うなぎ居酒屋」のトイレの角に塩盛りがあった!

▼ 果たして、「失われた10年」は無意味だったのだろうか。本当に、日本人の意識改革につながったのだろうか。自分たちの「気持ち」や「意識」の背景をなしている「慣習」や「規範(タブーを含む)」については、けっして無視してはならないし、それが解消されなければ方向転換を阻害してしまうものであり、一方、それが打破されてしまえば消滅してしまうような「脆さ」や「儚さ」を持っていると思う。そこで、トイレやウンチについて考えてみたい。

(1)日本政府が、明治になってアイヌを農民化しようとしたが、アイヌは糞尿を汚れ(けがれ)として忌み嫌い、本州のように糞尿を肥料に使うような農業を拒否した(『日本庶民生活資料集成』)。

(2)第二次世界大戦の終戦とともに、占領軍であるアメリカ軍の意識として、糞尿を肥料とした野菜など、とても食べられない「不潔だ」「文化的でない」という意識が、化学肥料一辺倒の農業に転換させた大きな理由になった。

(3)近代まで多くの民族は、家畜に自分たちの糞を食べさせておいしい牛肉や豚肉を作っていたが、「不潔」ということだけで、沖縄でも韓国でもそうした英知は他からの偏見の風にさらされ、今は法律によって禁止された。

* 「世界まるみえテレビ特捜部(象使いの話)」を見ていたら、母象のウンチを子象が食べていたけれども、それは象の離乳食だという。また、韓国料理である犬の肉についても、1988年のソウルオリンピックを前に、野蛮であるという国際世論に配慮して、「狗肉」の看板を撤去・掲出禁止したことは周知の事実である。

▼ つまり、私たちをとりまく環境諸条件を決定づけている「政策」や「方向性」は変えることはできるし、それぞれの立場で声を上げ、関与していくことが自らの覚悟を形作り、将来への責任を果たしていくことになるのではないだろうか。リサイクルへの視点をはじめ、そろそろ「臭いものにはフタ」という傍観者ではいられないことを自覚したいものである。
* なお、本稿では「はばかりながら『トイレ文化』考」スチュアート・ヘンリ著(文春文庫)等の一部引用・参照した。(了)

西武鉄道の成長過程にて(2000/12/18)

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* 八重洲ブックセンターの二宮金次郎像

▼ 西部鉄道等の創業者・堤康次郎さんは、衆院議長を歴任したほどの政治家でもあったので、世間からは「政商」と呼ばれたが、1944(昭和19)年2月、汚物だらけの東京に敢然と立ち向かった姿は今も語り継がれている。当時、西武鉄道の堤康次郎社長は、都心の汚物を運び去り、都民の生活を清潔にすることこそ最大の社会奉仕と考え、糞尿輸送用のタンク車110両を新造し、昼間は客車を走らせたが、終電から始発時間まではタンク車を走らせた(帰路はタンク車の上に野菜を積み、都市へ運んだ)。

▼ そして、現在の西武線沿線と西武池袋線沿線に数十か所に巨大な糞尿貯留場を設け、ここに運搬した糞尿を溜め、付近の農家の下肥供給基地を造ったという。もちろん、コスト面や社員からの反発など多くの問題も起きたが、何とか軌道に乗り1955(昭和30)年春に至るまで、山の手100万人分の糞尿を処理 し、野菜に代えるという偉業を成し遂げたとのことである。

▼ ここで私が注目したいことは、堤康次郎氏のような発想と実行力、さらにはその目的のためならば自ら(社員の理解を含む)の犠牲を厭わないことである。今必要なこと、やらなくては、と感じたことを公私(政府、自治体、企業等)を問わず、一つずつ実際に片づけてことだと思う。それにしても、戦前・戦後の混乱期に、誰もが目をそむけていた東京の汚物に立ち向かった堤さんは立派だったことを記憶にとどめておきたいものだ。

パラダイム転換と慣習の消滅('2000/12/18)

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* 2007年1月、東京駅前の新丸ビルの裏通りである。

▼ 今、日本では莫大なお金が、不良債権の処理という形で投入されていることを思うとき、たとえば、そのお金があれば全国津々浦々まで下水道が行き渡るだろうし、福祉環境の整備も出来ただろうに、とため息が出てしまうのである。

▼ 先の国会の審議状況も「混迷の10年」を象徴するような内容であったし、加藤氏反乱劇を乗り切り改造も内閣されたが、新鮮味に欠けていることは言うまでもない。来年に迫った省庁再編についても、肝心の縦割り行政の改まる気配を感じさせず、どこがどのように「行政改革されたのか」ということが見えてこない。そもそも、「不良債権処理」は国民の責任なのか、と異議申し立てしたい。

▼ 2000年から、全国に先がけて栃木県の一部地域で「交差点問題の解決」に向けた試みがスタートした。それというのは、電力会社、NTTの電柱、警察が所管する信号機や道路標識などが交差点では重複しており、ドライバーから見にくいこと、さらには過剰投資になっていることなどへの改善にとりくもうとしている。

▼ ガス・水道別々に道路を掘り返す風景に見慣れた私たちではあるが、このような公共事業なら、どんどん進めて欲しい。私たちのまわりには、各省庁や自治体等がテーマ別に協力しあって解決すべき課題たくさんあるし、縄張りを越えて、本当に住民や利用者が望んでいることにお金を使って欲しいものだ。

清潔・無菌主義への警鐘('2000/10/8)

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* 雪印事件を忘れた頃にペコちゃんの不二家


▼ 最近の清潔・無菌主義への世論の傾斜には警鐘を鳴らしておきたいと考えている。2000年9月22日の朝日新聞に、7月上旬から9月中旬までの「回収された主な食品と理由」が掲載され、その内容は次のとおりである。

(時期) (食品名と企業名) (回収の理由)
7月上旬 乳飲料 (小岩井)     「酸味がある」
  中旬 牛乳 (森永)       「味がおかしい」
      牛乳 (京阪牛乳)     「酸っぱい」
     清涼飲料 (キリン)    「さびくさい」
     そうざいパン (山崎)   「カビのような粉」
     黒糖蒸しパン (敷島)   「カビ」
     乳酸菌飲料 (いかるが牛乳)「異臭がする」
     カップ入りデザート (山崎) 「味がおかしい」
下旬 ドリアンソース (ヱスビー) 「乾燥剤混入」
      ヨーグルト (千葉北部酪農共同組合)「大腸菌群検出」

8月上旬 コーン缶詰 (清水食品が輸入)「ヤモリが混入」
     トマトジュース (キリン)  「ハエが混入」
  中旬 ポテトチップス (カルビー) 「トカゲが混入」
      食パン (山崎)       「虫が混入」
      果実飲料 (ヤクルト)    「プラスチック混入」
      プリン (KFC)      「容器の破片混入」
  下旬  チョコ菓子 (ブルボン)   「ガが混入」
      冷凍中華丼の素 (味の素)  「プラスチック混入」
      脱脂粉乳 (雪印)      「黄色ブドウ球菌」
      トマトソース (キッコーマン)「ガラス片混入」
      清涼飲料 (ミツカン)    「紙パックに欠陥」
      サケの瓶詰 (ニチロ)    「ハエが混入」
      ソーセージ (鎌倉ハム)   「虫が混入」
      チーズ (明治乳業)     「ゴム片混入」
      シリアル (ケロッグ)    「虫が混入」


9月上旬 蒸しパン (山崎)         「ゴキブリが混入」
      スライスハム (雪印)       「虫が混入」
      こんにゃくゼリー (マンナンライフ)「異物混入」
  中旬  ケーキ (ブルボン)        「包装に穴」
      ドレッシング (富士甚醤油)    「ハエが混入」
      ホワイトソース (ハインツ日本)  「缶ぶたに損傷、カビ」
      子ども向けめん (和光堂)     「金属片が混入」

▼ たしかに、金属片やプラスチック片、黄色ブドウ球菌などは重大な問題であり、企業責任を問われても仕方がないと思う。しかし、少々の酸味、カビ、ハエの1匹や2匹、異臭などについて、食品を製造するプロセスの中では当然想定される事柄であり、「軽度のクレーム処理」程度に位置づけることも必要なのではないだろうか。

▼ 雪印乳業の犯した間違いと経営のあり方に対しては、しかるべき社会的な制裁が与えられることは当然であろうし、二度と過ちを繰り返さない体制の確立こそが信用回復の第一歩なのである。でも、それと「少々の酸味、カビ、ハエの1匹や2匹」とを同一に位置づけるのは、食品メーカーにとって酷であると思うのだ。それによって、実際に経営危機に陥った中小のメーカーがあり、朝日新聞紙上でも同情していたほどである。

▼ 不正確な記憶で申し訳ないけれど、外国のジョークに「ドイツ人はビールにハエが入っていたら、アルコールで消毒されていると考え、そのまま飲む。アメリカ人は、訴訟国家らしく裁判に持ち込み損害賠償を請求する」という趣旨の表現があった。僕は、ドイツ人のような寛容さを支持したいし、「少々の酸味、カビ、ハエの1匹や2匹」があったならば、新しいものと取り替えてもらえばいいではないか。

▼ 加工されてはいるとはいえ、生もののだから起こり得ることがある。精密部品や集積回路などのように、外部との遮断、徹底した粉塵・空調管理システムなどの導入を食品メーカーに求めるとすれば、低単価で提供するという機能が果たせなくなるを理解すべきだろう。そもそも、一つの事例をあげれば、「虫も食べないような、美しくて、無農薬で、しかも形の揃った野菜」ということが矛盾しているのだから。そして、いくら完璧を前提にしたシステムでも、那須ハイランド・パークのジェット・コースターみたいに、ときには停止してしまうことがあることを忘れてはいけないと思 うのだ。

ジェットコースターを止めた男('2000/10/8)

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▼ いよいよ自分の番になったが、5人目として並んでいたのにもかかわらず、一人乗りということで、係員から最前列に回されたのは予想外れであり、「これはきっと怖いだろうな」と思った。それでも、家族は手を振りながらこっちを見ているし、今さら引き返すこともできないので、観念して席につきガードをしたら、すぐに上昇起動に入った。あのゆったりとして、歯車を一つづつ回していくように上昇していく感覚は、何ともお尻のあたりが落ち着かないものである。

▼ そして、これから最高度地点に向かおうとしていたとき、自分でも半分以上投げやり的な覚悟を決めようとしていた矢先に、ガキッッ、ゴトッ、グググッという音がした。どうやら、コースターは前進することを辞めてしまったらしい。まさか、そんなことが起こり得るのか。そうだとしたら、どうすりゃいいんだよ、と独り言をいっていたら、いかにも簡易な非常用通路を登って係員がやってきたのである。

▼ 「ガードを外して速やかにコースターから降りて、ここから下に行ってください。」と言うではないか。非常用通路は下が丸見えであり、スリッパの足取りがおぼつかないまま、こわごわ下に向かって降りていったが、途中で厚保底サンダルをはいた女の子に「危ないから、サンダルをぬいで裸足で降りた方がいいよ」などと忠告したのは、冷静さなどでは決してなく、ある意味では自己への発奮のためだったような気がしている。

▼ 「よりによって、パパが乗った時に止まるなんて、よっぽど運がいいというか悪いというか、ホントにもう。」とカミさんはあきれ果て、「ジェットコースターを止めた男!」と愚息が言った。8月14日、僕たちが降りてきてから以降、那須ハイランド・パークのライトニング・コースターは、修理された様子もなく終日休業していたようであるが、コンピュータに制御されたジェットコースターといえども、時には故障することが身をもって体験できたのである。

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神谷町・環境派

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○ 都心の少子化は深く静かに進行しており、今朝の清掃・啓発キャンペーン集合場所は旧・鞆絵(ともえ)小学校だった。虎ノ門パストラルと隣接している。地下鉄神谷町で下車し、4a出口から歩いて行ったが、信号のない途中の交差点で乗用車にぶつかりそうになった。そう、日本は自動車優先なのである。ボヤボヤしていると危ないし、栃木県のように見晴らしのいい道路は少ないのだ。さて、鞆絵小学校は二度目であったが、今回は入口右手にひっそりと立つ「二宮金次郎像」を発見し、とても嬉しい気分になれたのである。

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○ 台座に刻まれた「至誠報徳」という4文字熟語も時代錯誤的とはいえ、味わい深かいものがあった。百葉箱、池の跡、花壇の跡なども、古き小学校の面影を残しており、見逃してしまいそうな、忘れられてしまいそうな風景がそこにはあった。現在は、港区のエコプラザとして活用されているようだが、中途半端なまま放置されている「小学校の風景」はいずれ「消去」となるだろう。個人的には、何も手をつけず、あのままの状態で残しておくことの意義や価値が、十分にあると思う。まえおきはこれぐらいにして、今朝のボランティア活動は(私としては残念だったが)清掃活動ではなく、歩きたばこ禁止の啓発活動(ポケットティッシュペーパーの配布)だった。

○ 神谷町交差点(数ヶ所の地下鉄神谷町駅出口)付近を中心に、参加者で分担して配布したが、歩行者の数はそれほど多くなかった。ざっと見回した感じでは、喫煙できる場所が目につかず、スタンド灰皿等の設置数が少なすぎると思ったし、現に歩きたばこをしているサラリーマンも目についた。私は、立派なビルが立ち並ぶ場所柄、とてもセブンイレブンであると気づかないような重厚で高級イメージのセブンイレブンの前で啓発活動をした。外国人のビジネスマン、ティッシュをさっと受け取り、走り去ったジョギング中の女性、上級管理職らしく紳士など、「ここで出会う人たちは、他の場所とちょっと違うな」と感じさせられた。

○ 啓発活動を終え、旧・鞆絵小学校へ戻った。二宮金次郎像を補足すると、私が写真を撮ったことに対して、「人間が石に魅力を感じ始めるようになったら、老人的意識の完成段階である」とか、「二宮金次郎の銅像は、正しく言うならば、もっぱら石像である」とか、仲間内での話題として盛り上がったのである。それから、森ビルといえば六本木ヒルズだが、もともと新橋、虎ノ門、神谷町あたりのオフィスビルで経営基盤を強固なものとし、現在の隆盛を築いたのだから、周辺に森ビルが多いのは当然である。それにしても「多いなぁ~」と再認識させられた。

上昇と急降下について('2000/10/8)

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▼ 2000年の夏の8月14日、僕は那須ハイランド・パークで家族と一緒に過ごしていた。快晴でとても暑く、高い所の苦手な僕たちは比較的初心者向けのアトラクションをさがし、それでも冷や汗をかきながら、「乗り放題の料金分は消化」しようとしていた。広い敷地内には、行楽シーズンらしく大勢の人たちがアトラクションごとに行列をつくっていた。

▼ そんなとき、わが子が「あのジェットコースターにお父さんが一人で乗ってきたら、僕もあっちのジェットコースターに乗ってみるよ。どーする?」と、どうやらカミさんと示し合せたらしい口調で申し出てきたのである。豊島園プール「飛び込み台での尻込み事件」を忘れてはいなかったが、「いいよ。じゃ、並んで乗ってくるから。」と行列の最後列に身をおいたのであった。

▼ 僕は、怖いことや慣れないことに直面したとき、さまざまな理屈をつける癖があり、ときには突拍子もないことを思いつき、自分を納得させてから立ち向かうことにしている。その日の理屈は、次のようなことであった。

(1) 若い頃、ディズニーランドのスペースマウンテン、ビッグサンダーマウンテンにも2~3回乗ったことがあるし、この程度なら今でも平気に違いない。たしかに、10年ほど前から、急に高い所や飛行機に乗るのが怖くなってきてはいるし、豊島園プールの3メートルもあれほど足がすくんでしまったけれど。

(2) 「ライトニング・コースター」という名前だから、ここでは初心者向けのコースターなのだろう。それに、たった何十秒かの辛抱である。大人が我慢できない訳はないだろうし、よもや小便をちびったりなどしないはずである。

(3) ジェットコースターは、高度なコンピュータシステムによって制御されており、人は計算しつくされた安全性を前提に、機械的な増幅されたスピードによって擬似的な恐怖を味わうに過ぎないのだ。ほーら、こうして外からよーく観察していると、重量感のある鉄の固まりが決まったコースをコントロールされながら動いている、しょせんそんなものなのだ、と。
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