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ジェットコースターを止めた男('2000/10/8)
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▼ いよいよ自分の番になったが、5人目として並んでいたのにもかかわらず、一人乗りということで、係員から最前列に回されたのは予想外れであり、「これはきっと怖いだろうな」と思った。それでも、家族は手を振りながらこっちを見ているし、今さら引き返すこともできないので、観念して席につきガードをしたら、すぐに上昇起動に入った。あのゆったりとして、歯車を一つづつ回していくように上昇していく感覚は、何ともお尻のあたりが落ち着かないものである。

▼ そして、これから最高度地点に向かおうとしていたとき、自分でも半分以上投げやり的な覚悟を決めようとしていた矢先に、ガキッッ、ゴトッ、グググッという音がした。どうやら、コースターは前進することを辞めてしまったらしい。まさか、そんなことが起こり得るのか。そうだとしたら、どうすりゃいいんだよ、と独り言をいっていたら、いかにも簡易な非常用通路を登って係員がやってきたのである。

▼ 「ガードを外して速やかにコースターから降りて、ここから下に行ってください。」と言うではないか。非常用通路は下が丸見えであり、スリッパの足取りがおぼつかないまま、こわごわ下に向かって降りていったが、途中で厚保底サンダルをはいた女の子に「危ないから、サンダルをぬいで裸足で降りた方がいいよ」などと忠告したのは、冷静さなどでは決してなく、ある意味では自己への発奮のためだったような気がしている。

▼ 「よりによって、パパが乗った時に止まるなんて、よっぽど運がいいというか悪いというか、ホントにもう。」とカミさんはあきれ果て、「ジェットコースターを止めた男!」と愚息が言った。8月14日、僕たちが降りてきてから以降、那須ハイランド・パークのライトニング・コースターは、修理された様子もなく終日休業していたようであるが、コンピュータに制御されたジェットコースターといえども、時には故障することが身をもって体験できたのである。
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神谷町・環境派
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○ 都心の少子化は深く静かに進行しており、今朝の清掃・啓発キャンペーン集合場所は旧・鞆絵(ともえ)小学校だった。虎ノ門パストラルと隣接している。地下鉄神谷町で下車し、4a出口から歩いて行ったが、信号のない途中の交差点で乗用車にぶつかりそうになった。そう、日本は自動車優先なのである。ボヤボヤしていると危ないし、栃木県のように見晴らしのいい道路は少ないのだ。さて、鞆絵小学校は二度目であったが、今回は入口右手にひっそりと立つ「二宮金次郎像」を発見し、とても嬉しい気分になれたのである。

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○ 台座に刻まれた「至誠報徳」という4文字熟語も時代錯誤的とはいえ、味わい深かいものがあった。百葉箱、池の跡、花壇の跡なども、古き小学校の面影を残しており、見逃してしまいそうな、忘れられてしまいそうな風景がそこにはあった。現在は、港区のエコプラザとして活用されているようだが、中途半端なまま放置されている「小学校の風景」はいずれ「消去」となるだろう。個人的には、何も手をつけず、あのままの状態で残しておくことの意義や価値が、十分にあると思う。まえおきはこれぐらいにして、今朝のボランティア活動は(私としては残念だったが)清掃活動ではなく、歩きたばこ禁止の啓発活動(ポケットティッシュペーパーの配布)だった。

○ 神谷町交差点(数ヶ所の地下鉄神谷町駅出口)付近を中心に、参加者で分担して配布したが、歩行者の数はそれほど多くなかった。ざっと見回した感じでは、喫煙できる場所が目につかず、スタンド灰皿等の設置数が少なすぎると思ったし、現に歩きたばこをしているサラリーマンも目についた。私は、立派なビルが立ち並ぶ場所柄、とてもセブンイレブンであると気づかないような重厚で高級イメージのセブンイレブンの前で啓発活動をした。外国人のビジネスマン、ティッシュをさっと受け取り、走り去ったジョギング中の女性、上級管理職らしく紳士など、「ここで出会う人たちは、他の場所とちょっと違うな」と感じさせられた。

○ 啓発活動を終え、旧・鞆絵小学校へ戻った。二宮金次郎像を補足すると、私が写真を撮ったことに対して、「人間が石に魅力を感じ始めるようになったら、老人的意識の完成段階である」とか、「二宮金次郎の銅像は、正しく言うならば、もっぱら石像である」とか、仲間内での話題として盛り上がったのである。それから、森ビルといえば六本木ヒルズだが、もともと新橋、虎ノ門、神谷町あたりのオフィスビルで経営基盤を強固なものとし、現在の隆盛を築いたのだから、周辺に森ビルが多いのは当然である。それにしても「多いなぁ〜」と再認識させられた。
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