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西武鉄道の成長過程にて(2000/12/18)
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* 八重洲ブックセンターの二宮金次郎像

▼ 西部鉄道等の創業者・堤康次郎さんは、衆院議長を歴任したほどの政治家でもあったので、世間からは「政商」と呼ばれたが、1944(昭和19)年2月、汚物だらけの東京に敢然と立ち向かった姿は今も語り継がれている。当時、西武鉄道の堤康次郎社長は、都心の汚物を運び去り、都民の生活を清潔にすることこそ最大の社会奉仕と考え、糞尿輸送用のタンク車110両を新造し、昼間は客車を走らせたが、終電から始発時間まではタンク車を走らせた(帰路はタンク車の上に野菜を積み、都市へ運んだ)。

▼ そして、現在の西武線沿線と西武池袋線沿線に数十か所に巨大な糞尿貯留場を設け、ここに運搬した糞尿を溜め、付近の農家の下肥供給基地を造ったという。もちろん、コスト面や社員からの反発など多くの問題も起きたが、何とか軌道に乗り1955(昭和30)年春に至るまで、山の手100万人分の糞尿を処理 し、野菜に代えるという偉業を成し遂げたとのことである。

▼ ここで私が注目したいことは、堤康次郎氏のような発想と実行力、さらにはその目的のためならば自ら(社員の理解を含む)の犠牲を厭わないことである。今必要なこと、やらなくては、と感じたことを公私(政府、自治体、企業等)を問わず、一つずつ実際に片づけてことだと思う。それにしても、戦前・戦後の混乱期に、誰もが目をそむけていた東京の汚物に立ち向かった堤さんは立派だったことを記憶にとどめておきたいものだ。
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