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老子の「賢者論」 |

※ 大きな孔子の銅像です。
◎ 老子(ろうし)は、紀元前5世紀頃に活躍した人物といわれています。つかみどころのない哲学的言説が、私は若い頃から好きでした。とは申しましても、専門的に勉強したわけではございません。一般的に、老子は中国の春秋時代の思想家であり、唐の皇帝から宗室の祖として尊敬を受けたとのことです。『老子』(または『老子道徳経』)という書物を残したとされていますが、なにぶん古い話ですから不明な部分も多く、老子本人の実在を疑問視する研究者もおります。さて、今回、老子の「賢者論」を紹介させていただきますが、私は比喩の仕方にとても感銘を受けました。
【老子の賢者論】
川や海に、数知れない渓流が流れ込んでくるのは、川や海が身を低くしているからだ。だからこそ、川や海はいくつもの渓流に君臨していられるのだ。同じように、人の上に立とうとするならば、賢者は人の下にわが身を置き、人の前に立とうとするならば人の後に身を置くのである。このように、賢者というものは、人の上に立って人はその重みを感じることなく、人の前に立っても人の心が傷つくこともないのだ。
◎ さらに、『史記』の「老子韓非列伝」によれば、儒教の開祖となった孔子が、老子に「礼」の教え受けようとしたときの話が面白いのです。問われた老子は、孔子を戒(いまし)めながら、「古代の賢人は空言(そらごと)のみが残り、本人の骨は朽ちてしまっている。同様に君子などというものは、時流に乗るかどうかで決まるに過ぎない。流行り廃(すた)りでどちらに転ぶかわからないものなのだ。私にはあなたの驕り(おごり)やたくさんの欲望が手に取るようにわかるし、もったいぶった様子やこり固まった考え方を、きれいさっぱり取り去ることが先決ですよ」と教えたそうです。そのときの感想について、孔子は「鳥とか、獣とか、魚などの動物は、人の手にかかれば捕らえる方法がある。でも、竜は風や雲に乗って天まで昇ってしまうから、捕らえようがない。そういう意味で、老子は竜のような人物だったよ」と弟子に述べたと語り継がれています。
