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山方町の船納豆は大繁盛している

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▼ 先日、茨城県山方町の「舟納豆」で、定番の納豆に加えて「そば納豆」も2個買ってみました。1個目は内包されていた「タレ」と「わさび」で食べてみましたが、「わさび」にちょっと違和感がありました。

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▼ 2個目は、「タレ」だけで食べてみたのですが、私にはこっちの方が美味しく感じました。「わさび」は似合わないと思いますが、繁盛しているお店であるからこそ、新しい商品の開発が欠かせないのでしょうね。
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枝豆にイカの一夜干し

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▼ 8月上旬、飲み会が続きました。焼肉や和食など、ある意味では贅沢な会食だったので、お料理がとても美味しかったのです。そのあと、職場近くの大衆居酒屋で飲んだのですが、メンバー全員の飲み疲れもあって、おつまみは淡白なものばかりでした。

▼ たとえば画像のような「枝豆とイカの一夜干し」、これが何とも美味しかったのですよ。矢代亜紀さんの演歌に「つまみはあぶったイカでいい」というフレーズがありますが、とってもよくわかる気がしたのです。この残暑、下戸の私でさえ生ビールがとても旨く感じます。

どらやきで、口蹄疫被害の間接的な支援

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▼ 宮崎県内に発生し、大騒ぎの末にどうにか収束した口蹄疫ですが、牛や豚などの畜産農家だけではなく、周辺の食品加工業にも多大な影響を及ぼしているそうです。具体的には休業する工場や従業員の解雇など、元どおりになるまでには時間がかかるとのことです。

▼ 政府や各種団体からの支援策、個人からの義援金など、様々な対応がとられていますが、近所のスーパーのお菓子屋さんにあった「がんばれ宮崎県」と銘打った「どらやき」を見つけ、思わず買ってしまいました。中味は日向夏というみかんを使った和菓子でしたが、その心意気に心打たれたのです。

ケージから外へ出て、ハムスターの自由時間

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▼ 基本的に、ハムスターはケージの中で飼うのですが、人間と同じように時には気分転換も必要ですから、きちんと見張りながらソファやフロアに放してあげます。それまでペタッとしていた耳が、ピーンと活気を帯びて、にわかに活動的なハムスターに変身します。

▼ しばし自由を得たハムスターは、その表情さえも威風堂々としてくるから不思議ですね。嬉々とした目つきも印象的なのです。野生のDNAが呼び覚まされるのでしょうか、ソファからジャンプして逃走したこともあります。油断がならいのです。

私のハムスター遍歴について

▼ わが家で飼ったハムスターの種類としては、ゴールデンハムスター、ジャンガリアン、キンクマなどです。とくにキンクマは大人しく、人を噛んだりすることがありません。わが家のクーは、ハムスターには珍しく「回し車が苦手」なのです。これまで、そんなハムスターはいなかったので、回し車を2~3回しか回せない間抜けさが、とてもかわいいのです。お亡くなりになったときは、本来、野良猫にでも差し上げるのがよろしいのではありましょうが、わが家では鬼怒川もしくは江川あたりに水葬しています。

※ 言葉を換えれば、人の仕事とハムスターの「回し車」は似ていますよね。

▼ 元々は、幼稚園時代の子どものために飼ったのですが、現在でもわが家の欠かせない一員として、画像のような愛くるしい表情で日々、私たちを癒してくれています。栃木県内のカンセキというショップで定価980円、これほど安価で価値のあるペットはいないと思います。食べ物を与えるときのやりとりが面白いんですよ。最近は、そうめん、アイスクリームなど、とっても美味しそうに食べてくれるのです。というわけで、本来は猫好きの私ですが、わが家のハムスターレポートなのでした。

ハムスターの語源は「詰め込む」こと

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▼ わが家とハムスターの関係は、かれこれ15年以上にもなります。最初のハムスターは、3日目にこたつ布団の下敷きになって事故死しました。私が誤って踏んでしまい、しばらく妻子から「人殺し」と呼ばれました。そんな悲惨な出会いがスタートであったわけですが、約2年という寿命を全うしたハムスターも3匹ほどいました。画像のハムスターは、おそらく10代目ぐらいになるのでしょうか。名前は「クー」です。

▼ ハムスター【hamster】を学術的に申し上げますと、ネズミ科キヌゲネズミ亜科の哺乳類で、体長は10~15センチぐらいです。とても尾が短いので、一般的なねずみとは決定的に違う感じなのです。体毛は柔らかくて、「そんなに入るのかよ」と思えるほど容量のある「ほお袋」を持っています。「ハムソーセージ」と同様に、「詰め込む」という語源から「ハムスター」と命名されたそうです。ハムスターの多くは、動物実験用として人類に貢献していますし、安価で手軽なペットとして人気を集めていますね。

みんなで焼肉、楽しいな!

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▼ 先日、福島県A町にある従姉妹の家で、大人数の親戚と一緒に焼肉を食べました。毎年、近所の肉屋さんから大量のお肉やホルモンを仕入れているそうで、とくに生ホルモンをジュウジュー焼いたのは珍しく、実に美味しかったのです。私はいつになく生ビールが美味しく感じ、一気に2杯も飲んで真っ赤になっていました。

▼ 二人の従姉妹は私と同じような年代ですが、すでにお孫さんが誕生しており、小学3年生のTくんと2歳のAちゃんがとってもかわいいのです。私が従姉妹たちと同じように、おじいちゃんになるのは、あと何年先になるのでしょうか。というわけで、遅ればせながら皆さんご馳走さまでした。

国道118で、たくさんの顧客を受け入れる!

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▼ 国道118はお袋や父が存命中に、たびたび自家用車で通りました。あるときは三菱ミニカ、日産パオ、ここ数年はHONDAのフィットで、出発地点は神奈川県川崎市から栃木県下野市に変わったけれど、国道118の眺めはずっと同じような気がします。

▼ とくに久慈川の流れ、水郡線の線路など、私にとっては心の中に刻み込まれた景色なのです。そんな国道118で、近年、目立った存在が「舟納豆」のお店だと思います。工場も近くに見えるので、まさに作りたての納豆が手に入るお店なのです。

小さな、小さなUSB

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▼ 「縮みの思考」を得意とする日本ですが、画像のマイクロSDカードを格納できるUSBは、爪だけではまったく動かなくて、取り出しがとても不便極まりなく、「ちょっとやり過ぎだよ」と感じました。

▼ それにしても、マイクロSDカードやフラッシュメモリーの大容量化はすさまじいものがありますね。今や誰もが携帯し、仕事上でも不可欠なツールになっています。一度苦い経験をしましたけど、落として出てこなかったときには往生しました。

現代版の「おば捨て山」には情がない!

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* 小学校に日よけにもなっているニガウリ!

▼ 昨今のニュースを聞いていると胸が痛いし、怒りを覚えることが多いですね。とくに、生存安否確認のできない高齢者の存在は、今後の高齢化社会の進行にあたって、末恐ろしい感じがするのです。貧しく後進国であった日本では、「楢山節考」のような「おば捨て山」の物語が実話として残っていますが、先進国・福祉国家と呼ばれて久しい現代日本にあって、それ以上の過酷で悲惨な状況が潜在化しているようですね。

▼ 亡くなった自分の親を葬ることもせず、行方不明であることも隠し、長寿のお祝いや年金だけを受け取っている子息がいる。それも、かなりの人数にのぼるのではないかと指摘されていますね。個人情報保護やプライバシー侵害との関連で、生存の確認の証明をすることができないのは、「どこか変だぞ、ニッポン!」と私は声を大にして言いたいのです。

真夏のゴルフ練習はきついですね!

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◎ 3時間撃ち放題ともなれば、真夏のゴルフ練習場も早朝から入場しても、たちまち汗びっしょりになり、集中力が維持できないほどです。その日も練習中に二度、「クラブが飛びましたので練習を中止して下さい」という場内放送がありました。

◎ しかし、実際の真夏のラウンドは練習場よりも暑いのですから、自分としても「これぐらいで参っていてはいけない」と言い聞かせ、550球ほど打ち込みました。練習を終えて、ポロシャツを絞ったら汗がポタポタと落ちました。腕をなめてみたら、塩辛い味がしました。

病死牛肉の運命/1990

◎ 今からちょうど20年前に書いた「病死牛肉の運命」というエッセイを再掲載させていただきます。どうにか宮崎県内で発生した「口蹄疫」事件は収束に向かっていますが、その影で30万頭にも及ぶ牛と豚が殺処分されました。そこで、私は同じ病死ながら、口蹄疫は殺処分され土の中に埋めらますが、内臓疾患などで死んだ牛は主に「ペット用のエサ」の原料になるそうです。いずれにしても、かわいそうなことはたしかななのですが、以下、私の20年前に考えたことを再掲しますので、ご一読願います。

◎ 「オス牛ちゃん、あんたいったい何よ?」というフレーズは、僕が高校2年生の秋、初めて詩というものを書いた時のタイトルであった。
かれこれ20年近く過ぎてしまったが、一昨年の病死牛肉流通事件をきっかけに、あの頃のことを想いだし、『ニューシネマ・パラダイス』のトトではないけれど、このごろ、より鮮明に「牛のこと」がよみがえってくるのである。
ちなみに、わが国の家畜頭数をみてみると、僕の育った福島県は全国の8位で、10万頭が飼育されている。
* 肉用牛飼育頭数(単位:千頭)
①鹿児島 271 ②北海道 268 ③宮崎 218 ④岩手 151 ⑤熊本 139
⑥宮城 109 ⑦栃木 105 ⑧福島 100      (全国合計 2651)
・畜産統計('89農水省経済局統計情報部)

◎ あの頃、僕の生家では常時20頭ぐらいの牛たちがいて、朝晩の世話は自分の担当であったし、他にも4頭ぐらいを町の家畜商と僕が契約して世話をしたこともあった。
肉牛の肥育には、おおむね次の形態があり、わが家でも順をおって、小規模安定型の「黒和牛、子牛生産」に移行し、現在に至っている。
 ① ホルスタイン(オス牛)の肥育
 ② 輸入肥育専用種牛(注)の肥育 
 ③ 赤和牛の肥育
 ④ 黒和牛の肥育
 ⑤ 黒和牛の子牛生産
(注)ヘレホード=ホルスタインとアンガスの交配種で、性格穏健、肉質や味はいまひとつ。当時のTVコマーシャル(ユナイテッド航空)で、ヘレホードの大群を見ることができる。
 アンガス=短足、中型の黒牛で和牛に最も近いと言われ、アメリカでは日本市場の輸入自由化をにらみ、肉質の改善などに力を入れている品種である。

◎ ①~②の形態は、たくさんの安い子牛を揃え、固形飼料を集中的に投与し、狭いスペースで早期に肥育する方式である(長くて6か月程度)。
しかし、この形態は1973年のオイルショックをきっかけに起きた大幅な飼料の値上がりによって、数多くの肥育農家が負債を抱え、畜産から撤退するという傷を残すことになった。
くわえて、輸入牛肉との価格競争も始まり、それと競合しない和牛の肥育③~④の形態が、多くの農家に選択されたのである。
現在では、牛肉の地域ブランドも一般化してきたが、「松阪牛」と呼ばれている高級牛肉の生産地は、表1のように多くは九州、北海道、東北、北関東地区であり、最終仕上げ(商品化)だけが「松阪」で行われていると言っても過言ではない。
 また、肉牛の基礎となる子牛生産(⑤の形態)は、5~6頭の親牛を有し、年1回の子牛出荷という形態が平均的であり、前述の地区を中心に小規模な畜産経営が続いているのである。

◎ 福島県の現況でみると、黒子牛の生産者価格は30~40万円であるといわれ、1988年の50万円台からすれば、牛肉の輸入自由化による影響もあって、かなりの値下がり傾向にある。
ところで、僕にとって①~②の思い出はたくさんあって、ヘレホードは大人しく、乾燥の上で一緒にうたた寝をしたこともあるし、まだら模様の表情がとても印象に残っている。 ホルスタイン(♂)についても、育つに従って「鼻環(はなかん)通し」「去勢」という儀式を経てから、ひたすら「死にむかって飼料を食べ続ける」運命に、僕は同情を禁じ得なかった。
わが国では、今や牛肉の消費量は増加の一途をたどり、一昨年の夏に「利権構造・畜産振興事業団」(AERA 1988.7.26)が大きく取り上げたことは記憶に新しいし、流通機構にメスが入ると同時に、輸入枠の拡大等によって、輸入牛肉は手軽に消費者が購入できるようになり、この傾向に拍車をかけている。
たとえば、『花正』という牛肉の激安ショップでは(100g単位)、アメリカ産牛サーロインステーキが398円、オーストラリア産牛サーロインステーキが290円、同産牛ヒレステーキが498円となっている(1990.6.11日経ビジネス)。
まだまだ高い値段と思われるが、以前に比べれば手ごろになっているし、解凍技術の向上等によって、味も向上してきている。

◎ ここで、アメリカのサンフランシスコ地区における1ポンド(453.5g)当たりの牛肉の値段を見てみることにしたい。これらの価格は、店頭で置き売りされている牛肉であり、冷凍のものは除いてある。

* サンフランシスコの牛肉価格(抜粋) 
(牛肉の種類)/(Safeway)/(Petrini)
Spareribs/0.89/ 2.89
Stew/2.39/3.19
Cross rib.roast/2.09/2.69
Sirloin tip roast/1.77/2.69
Eye of the round roast/2.69/2.59
Fillet Mignon/7.19/7.99
Coulotte steak/3.99/4.99
London broil steak/3.99/2.99
Top round steak/3.89/3.59
Flank steak/4.99/---
New York steak/---/5.49
1988年8月時点の価格である。
・当時の円/ドルレートは135円/ドル。
・Safewayは、全国的なスーパーマーケット。
・Petriniは、肉では定評のあるSafewayよりランクの高いスーパーマーケット。

◎ 当地在住の友人に調べてもらった本資料には、もっとたくさん牛肉の種類も記載されていたが、それだけ牛肉の市場が成熟しているのだろうし、かえってわかりにくいと考え、ここでは省略した。
本表のなかで、ぼくが最も興味のあったのは、「Eye of the round roast」である。現在、「タン塩」が焼肉屋さんでは人気があるようだ。僕が上京してきた頃、「カシラ」をよく食べた。安価な割に美味しかった記憶がある。今、「カシラ」というメニューには、めったにお目にかかれないが、少し残念である。
この「カシラ」が、きっと「Eye of the round roast」なのであろう。アメリカでは店頭売りされているのに、日本では「牛肉」の過去の姿を感じさせないことが暗黙の了解になっているようだから、店頭には並んでいない。

◎ 僕は高校2年の時、自分で世話をしていた牛が「手遅れ」ということで、解体することになり、その現場を見ていたことがある。
 頭皮がはがされた時、眼球とそのまわりの肉や血管の様子を、今でもよく覚えている。多分、お魚にしても眼球はもちろん、その周辺の肉も「美味しい」ものなので、解体している大人たちが見逃すはずはなかったのだろう。
さて、自分が世話をしていた牛の死を目の前にして、その肉を「食べるべきか、食べざるべきか?」という緊急で、突然おそってきた難問は、解体をながめつつ、僕にとっては深刻なショックであった。

◎ 1988年、「病死牛肉の流通」が話題になって、一連の逮捕者を出したことはご存知のことと思うが、「犯人はペット用に供給される病死牛肉を不正に食肉市場へ流し、不当な利益を得ていた」ということだけが問題にされた。
そこには、次のような問題意識が欠けており、僕はとうてい納得できなかった。
①病死牛肉を人間が食べてはいけないのか?
②病死牛肉100%の缶詰を食べている犬や猫の倒錯性。
③「ペットフードをおかずに、ご飯を食べたことがある」という友人がいて、「案外いけ る」という話。
④市場に食肉として供給されている牛肉は、「屠殺死牛肉」であり、「死」ということで は病死と同じ。
⑤病死の死因は大半が内臓疾患であり、肉の品質そのものには影響なし。
これら潜在的な課題が不問にされ、「なにが不正で、どこが不当なのか」が曖昧なまま事件は片づいてしまった。

◎ 笑い話しではないけれど、最近の新聞によれば、仙台中央卸売市場にミンククジラの生肉が大量に出回り、これに驚いた水産庁が「死んでいるものは埋めるのが望ましい」と地元に伝えたということである。(朝日新聞、1990.6.10「天声人語」)
網の中で死んだ鯨の肉は、1キロ5千円~1万円で売れ、「捕獲」なのか「混獲(捕鯨禁止枠外)」なのかという判断がむずかしく、反捕鯨の世論を恐れ、水産庁があわてたとのことである。
似たような話は鹿島沖でも起こった。海岸のテトラポットに迷い込み、脱出できずに多くの鯨が死んで、それを地元の人が食べたり、売ったりしてしまったのである。
ここでも、地元住民はテトラポットから鯨を救出し、生き残ったものは海へ放し、死んでいた鯨を処理したのであり、僕は「とっても自然な行動であるなー。」と感心した。

◎ それにしても、現代の家畜やペットの「ていたらく」には嘆かわしいものがある。朝日新聞(1990.8.17「天声人語」)によれば、今年の猛暑で鶏、豚、牛などが大量に死に、その原因が「えさに食いつく力がない」からだったらしい。その結果、鶏肉の値上がりや鶏卵の品薄につながったとのことである。
また、動物病院が「アスファルトで足の裏をやけどした犬」「冷房で呼吸器を痛めた猫」「体温調節ができなくなったイグアナ」「下痢、発熱、熱射病、飽食による皮下脂肪過多の動物患者」で大忙しとのことでり、僕は一瞬自分の目を疑ったほどである。
「犬よ、おまえは犬なんだから足の裏もきたえておけ!」
「猫に冷房」は「猫に小判」みたいなもんじゃないか!
「イグアナなんかペットにするな!」と叫びたい気持ちでいっぱいであるが、
日本では、動物たちとの共生がそれほど困難になっているのであろうし、「全く困ったものだ!」と僕は思うと同時に、「家畜やペットさえもくたばってしまう環境」に今さらながら驚いてしまった。

◎ 話しは戻るが、僕はあの時「男として生まれながら去勢され、走り回ることもままならず、ただただ死に向かって食べ続ける牛」の死に直面し、「食べるしかない」「この牛は僕に食べられなかったら、何のために生きてきたというのだ」と自分に言い聞かせて、実際に大人たちと一緒に食べたのである。
 今思うに、それは一つの「野生」に関する体験であったろうし、上品さが追求され、洗練された「食」という昨今の風潮に、「ちょっと違うんじゃないか?」と違和感を禁じ得ない自分の原体験であったようだ。
なお、「TUGUMI」(吉元ばなな著、73ページ)中に、「----本当に平然として『ポチはうまかった』と言って笑えるような奴になりたい」というフレーズがあって、少なからず共感できた。
ともあれ、動物と人間との「のっぴきならない」関係については、だれしもが一度は直面する「壁」のようだ、と僕は思う。(了)

気分が良かったので本を買いました!

◎ 休日出勤を終え、それなりに仕事を頑張ったので、帰宅途中に本屋さんへ寄り、かねて目をつけていた2冊の本を買いました。トータル3800円、久しぶりの本への出費でした。おそらく、すぐには読まないと思います。自分の中に「読書」への欲求は、今のところまったくないからです。

◎ 1冊目は、「ニーチェの言葉」です。そして2冊目は「1Q84」(3)でした。「1Q84」についても昨年買っておいたのですが、私はまだ読んでいません。その代わり、カミさんは読み終え、職場の同僚に貸していました。最近、わが家に戻ってきたので、読むとしたらこっちが先になるでしょう。
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