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村上春樹さんの「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」

◯ 先日、「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」村上春樹著/文藝春秋社を読みました。自分なりに気に入った文章を、音声入力で抜き書きしてみました。関心のある人は、長いですけどご覧になっていただければ幸いです。

8ページ
多崎つくる一人を別にして、他の四人はささやかな偶然の共通点を持っていた。名前に色が含まれていたことだ。二人の男子の姓は赤松と青海で、二人の女子の姓は白根と黒埜だった。

43ページ
おれは本当に死んでしまったのかもしれない、つくるはそのとき何かに打たれるようにそう思った。去年の夏、あの四人から存在を否定されたとき、多崎つくるという少年は事実上息を引き取ったのだ。

47ページ
嫉妬とはーーつくるが夢の中で理解したところではーー世界で最も絶望的な牢獄だった。なぜなそれは囚人が自らを閉じ込めた牢獄であるからだ。誰かに力尽くで入れられたわけでではない。自らそこに入り、内側から鍵をかけ、その鍵を自ら鉄格子の外に放り投げたのだ。

58~60ページ
世の中の人々のおおよそ半分は自分の名前に満足していないという統計を、雑誌か新聞で目にしたことがあった。しかし彼自身は幸運にも幸福な方の半分に属していた〜
本名は「多崎作」だが、それが公式な文書でない限り、普段は「多崎つくる」と書いたし、友だちも彼の名は平仮名の「つくる」だと思っていた。〜
父親は実際に彼が生まれるずいぶん以前から、最初の息子の名前は「つくる」にしようと心に決めていたらしい。どうしてかわからない。というのは、父親は長年にわたってものを作り出すという行為からはほど遠い場所で人生を送っていた人間だったから。あるいは彼は何らかの啓示のようようなものを、どこかの時点で受けたのかもしれない。無言の雷鳴を伴った、なには見えない雷光が、 「つくる」という言葉を彼の脳裏にくっきり焼き付けたのかもしれない。しかし父親はその名前の由来についていちども語らなかった。つくるにも、あるいは他の誰にも。
ただし「つくる」という名前にあてる漢字を「創」にするか「作」にするかでは、父親はずいぶん迷ったらしい。同じ闇でも、日によってその佇まいは大きく違ってくる。母親は「創」を押したら、何日もかけて熟考した姿勢に、父親はより無骨な「作」を選択した。〜[母親が教えてくれた]〜「作」の方が同じつくるでも、本人は気楽でいいだろうって 。とにかくお前の名前については、お父さんは本当に真剣に考えていた。
物心ついて以来、父親と親しく関わった記憶がつくるにはほとんどないのだが、それでも父親のその見解に賛同しないわけにはいかなかった。「田崎創」よりは「多崎作」の方が間違いなく自分の名前として相応しい。独創的な要素なんて、自分の中にはほとんどには見当たらないのだから。しかしそのおかげで「人生の荷」がいくらかでも軽くなったかというと、それはつくるには判断しかねるところだった。たしかに名前のせいで、担う荷の形状は少しくらい変わったかもしれない。しかし重さについてはどうだろう?
いずれにせよ、そのようにして彼は、「たざき・つくる」という一個の人格になった。それ以前の彼は無であり、名前を持たぬ未明の混沌に過ぎなかった。暗闇の中でかろうじて呼吸をし、泣き声をあげる、3 キログラム足らずのピンク色の肉のかたまりだ。まず名前が与えられた。その後に意識と記憶が生まれ、次いで自我が形成された。名前がすべての出発点だった。

60ページ
多崎利夫ーー多くのポイントで利益を上げる男。無一文から頭角を現し、不動産業に身を投じ、日本の経済発展によって目覚ましい成功を収め、肺癌に苦しみながら64歳で死んだ。しかしそれはもっと先の話だ。つくるが灰田と出会った頃、父親はまだ健在で、1日50本の両切り煙草を吸いながら、都市部の高級住宅物件を精力的に、攻撃的に売買していた。

106ページ
(沙羅)「そう。あなたは何かしらの問題を心に抱えている。それは自分で考えているより、もっと根の深いものかもしれない。でもあなたがその気になりさえすれば、きっと解決できる問題だと思うの。不具合が見つかった駅を修理するのと同じように。ただそのためには必要なデータを集め、正確な図面を引き、詳しい工程表作らなくてはならない。何よりものごとの優先順位を明らかにしなくてはならない」
(つくる)「そのためには僕はあの4人ともう一度会って、話をする必要がある。君が言いたいのはそういうこと? 」

159ページ
(アオ)「おれ自身ずっとレクサスに乗っている。優れた車だ。静かだし、故障もない。テストコースを運転したときに時速200キロ出してみたが、ハンドルはピクリともぶれなかった。ブレーキもタフだ。たいしたもんだよ。自分で気に入ってるものを人に勧めるのは、いいものだ。いくら口が上手くても、自分で納得のいかないもの人に売りつけることはできないよ」

168ページ
(アオ)「おまえはおれたちのグループの中ではいつも、好感の持てるハンサムボーイの役割をこなしていた。清潔でこざっぱりしていて、みだしなみもよく、礼儀正しく振る舞う。きちんと挨拶もできるし、つまらないことも言わない。煙草も吸わず、酒もほとんど飲まず、遅刻もしない。なあ、知ってるか?俺たちの母親はみんなお前のファンだったよ」

182~183ページ
つくるは2人かけの黒い革のソファに座り、アカはその向いの椅子に腰を下ろした。 2人の間には小さな楕円形のテーブルがあり、その上には重そうなカラスの灰皿が載っていた。アカはつくるの名刺をあらためて手に取り、細部を点検するように目を細めてじっと見た。

186ページ
アカはポケットからマルボロの赤い箱を取り出した。 「吸ってかまわないか? 」
もちろんかまわない。アカは煙草をくわえ、小さな金のライターで火をつけた。目を細めて煙をゆっくり吸い込み、吐いた。「やめなくちゃとは思っている。てもだめだ。煙草をやめると仕事ができなくなる。禁煙した経験
つくるは生まれてから煙草を1本も吸ったことがない。

190ページ
アカはそこでいったん言葉を切り、灰皿で煙草をもみ消した。
「こういうビジネスはノウハウを確立すれば、あとはそれほどむずかしくない。高価なパンフレットを作り、立派な能書きを並べ、一等地スマートなオフィスを構えればいい。趣味の良い家具を揃え、高い給料を払って見栄えの良い有能なスタッフを雇う。イメージが大事だ。そのためには投資を惜しまない。それから口コミがものを言う。いったん良い評判が立てば、あとは勢に任せておけばいい。でも当分これ以上手は広げないことに決めている。名古屋近辺の企業だけに範囲を絞る。おれの目が届く範囲じゃないと、仕事のクオリティに責任が持てないからな」

210ページ
図面と現況の間には意外にずれや誤差が生じているものだ。そういうものが生じた理由はいくつかあげられるが、とにかく作業にとりかかる前に、細部まで信頼できる図面を用意することが不可欠になる。工事にとりかかったあとで大きなずれや誤差が発見されたら、取り返しのつかないことになる。戦闘部隊が間違いだらけの地図を頼りに、どこかの島に上陸するようなものだ。

231ページ
「泳ぐのは空を飛ぶ次に気持ちの良いことなんだ」と彼は一度紗羅に説明したことがある。
「空を飛んだことはあるの? 」と紗羅は尋ねた。
「まだない」とつくるは言った。
彼はその朝、泳ぎながらおおむね紗羅のことを考えていた。彼女の顔を思い浮かべ、彼女の体を思い浮かべ、彼女とうまく一体になれなかったことを思った。そして彼女が口にしたいくつかのことを思い出した。「あなたの中で何かがつっかえていて、それが自然な流れを堰き止めているのかもしれない」と彼女はいった。
そうかもしれないとつくるは思う。

241ページ
彼は椅子に座り直し、氷水を1口飲んだ。後にはひっそりとした悲しみだけが残った。胸の左側が、とがった刃物で切られたようにきりきりと痛んだ。生暖かい出血の感触もあった。多分それは1なのだろう。そんな痛みを感じるのは久しぶりのことだ。大学2年生の夏、 4人の親しい友人たちに切り捨てられて以来かもしれない。彼は目を閉じ、水に体を浮かせるように、しばらくその痛みの世界を漂っていた。痛みがある方がまだいいいのだ、彼はそう考えようとした。本当にまずいのは痛みさえ感じられないことだ。

259ページ
彼はそのときになってようやく、自分が日本を遠く離れ、外国にいるのだという事実に思い当たった。どこにいても、食事をするとき彼はだいたいいつも1人だった。だからとくにそういう状況を気にもしなかった。しかしここでは彼はただ1人であるというだけではない。二重の意味で1人なのだ。彼は異邦人であり、まやりの人々はみんなつくるには理解できない言葉で語り合っている。
それは日本で彼がいつも感じているのとはまた違った種類の孤立感だった。なかなか悪くない、とつくるは思った。二重の意味で1人であることは、あるいは孤立の二重否定につながるのかもしれない。つまり異邦人である彼がここで孤立していることは、完全に理にかなっている。そこには何の不思議もない。そう考えると落ち着いた気持ちになれた。自分はまさに正しい場所にいるのだ。彼は手を上げてウエーターを呼び、赤ワインのクラスを頼んだ。

295ページ
〜でもね、ある種の夢はたぶん、本当の現実よりもずっとリアルで強固なものなのよ。彼女はそういう夢を見てしまった。そういうことなのかもしれない。君にとってはとても気の毒だったけど」

299ページ
〜エリはテーブルの上の、どこでもない架空の一点をしばらく見ていた。それから言った。 「ユズはもう白雪姫ではなくなっていた。あるいは白雪姫であり続けることにも疲れていたのかもしれない。そして私も、 7人の小人であることにいささか疲れてしまっていた」

303ページ
それは物盗りの犯行ではなかった。現金の入った財布も、目につくところにそのまま残されていた。また暴行受けた形跡もなかった。部屋の中はよく整理され、抵抗した様子もなかった。同じ階の住人は不審な物音を聞かなかった。灰皿の中には何本かメンソール煙草の吸い殻が残されていたが、それはユズの吸ったものだった(つくるは思わず顔をしかめた。彼女が煙草を吸っていた?) 。犯行の推定時刻は夜の10時から真夜中の間で、その夜は夕方から夜明けまで、5月にしては冷たい雨が降っていた。彼女の死体が発見されたのはその3日後の夕方だった。三日間、彼女はそのままの姿勢で、台所のビニールタイルの上に横たわっていたのだ。

307ページ
そのとき彼はようやくすべてを受け入れることができた。魂の1番底の部分で田崎つくるは理解した。人の心と人の心は調和だけで結びついているのではない。それはむしろ傷と傷によって深く結びついているのだ。痛みと痛みによって、脆さと脆さよって繋がっているのだ。悲痛な叫びを含まない静けさはなく、血を地面に流さない赦しはなく、痛切な喪失を通り抜けない受容はない。それが真の調和の根底にあるものなのだ。

323ページ
「たとえ君が空っぽの陽気だったとしても、それでいいじゃない」とエリは言った。「もしそうだとしても、君はとても素敵な、心を惹かれる容器だよ。自分自身が何であるかなんて、そんなこと本当に誰にもわかりはしない。そう思わない?それなら君は、どこまでも美しい形の入れ物になればいいんだ。誰かが思わず中に何かを入れたくなるような、しっかり好感の持てる容器に」

324ページ
エリはゆっくり首を振った。 「駅をこしらえるのと同じことよ。もしそれが仮にも大事な意味や目的を持つものごとであるなら、ちょっとした過ちで全然駄目になったり、そっくり宙に消えたりすることはない。たとえ完全なものではなくても、駅はまず作られなくてはならない。そうでしょう?駅がなければ、電車はそこに停まれないんだから。そして大事な人を迎えることもできないんだから。もしそこに何か不具合が見つかれば、必要に応じてあとで手直ししていけばいいのよ。まず駅をこしらえなさい。彼女のための特別な駅を。そういう駅を頭に思い浮かべ、そこに具体的な色と形を与えるのよ。そして君の名前を釘で土台に刻み、命を吹き込むの。君にはそれだけの力が具わっている。だって夜の冷たい海を1人で泳ぎ切れたんだから」

328ページ
「ねぇ、つくる、 1つだけよく覚えておいて。君は色彩を欠いてなんかいない。そんなのはただの名前に過ぎないんだよ。私たちは確かにそのことでよく君をからかったけど、みんな意味のない冗談だよ。君はどこまでも立派な、カラフルな多崎つくる君だよ。そして素敵な駅を作り続けている。今では健康な36歳の市民で、選挙権を持ち、納税もし、私に会うために1人で飛行機に乗ってフィンランドまで来ることもできる。君に欠けているものは何もない。自信と勇気を持ちなさい。君に必要なのはそれだけだよ。怯えやつまらないプライドのために、大事な人を失ったりしちゃいけない」

343ページ
「親鳥は子供たちにああやって啼き方を教えているんだよ」とエリは言った。そして微笑んだ。
「ここに来るまで私は知らなかった。鳥たちがいちいち啼き方を教わらなくてはならないなんて」
人生は複雑な音符のようだ、とつくるるは思う。 16分音符と32分音符、たくさんの奇妙な記号と、意味不明な書き込みとで満ちている。それを正しく読み取ることは至難の業だし、たとえ正しく読み取れたとしても、またそれを正しいことに置き換えられたとしても、そこに込められた意味が人々に正しく理解され、評価されるとは限らない。それが人を幸福にするとは限らない。人の営みはなぜそこまで入り組んだものでなくてはならないのだろう?

348ページ
新宿駅は巨大な駅だ。一日に延べ350万人に近い数の人々がこの駅を通過していく。ギネスブックはJR新宿駅を「世界で最も乗降客の多い駅」と正式に認定している。いくつもの路線がその構内で交わっている。主要なものだけで中央線・総武線・山手線・埼京線・湘南新宿ライン・成田エクスプレス。それらレールは恐ろしく複雑に交差してん組み合わされている。乗り場は全部で16ある。それに加えて小田急線と京王線という2つの私鉄戦と、 3本の地下鉄線がそれぞれ脇腹にプラグを差し込むような格好で接続している。まさに迷宮だ。通勤ラッシュの時刻にはその迷宮は人な海になる。海は泡立ち、逆巻き、咆吼し、入り口と出口をめがけて殺到する。乗り換えのために移動する人々の流れがあちこちで錯綜し、そこに危険な渦が生まれる。どんな偉大な預言者をもってしても、そのような荒々しく逆巻く海を2つ分かつことは不可能だろう。

360ページ
彼がかろうじて知っているのは、父親は岐阜の生まれで、小さいうちに両親を亡くし、僧侶をしている父方の叔父に引き取られ、なんとか高校を卒業し、ゼロから会社を立ち上げ、目覚ましい成功を納め、今ある財産を築いたということくらいだ。苦労した人間にしては珍しく、苦労について語りたがらなかった。あまり思い出したくなかったのかもしれない。いずれにせよ、父親に人並み外れた商才があったことに間違いはない。必要なものを素早く手に入れ、不必要なものを片端から捨てていく才能だ。上の姉が彼のそのようなビジネス面での才能を、部分的にではあるが引き継いでいた。下の姉は母親の軽やかな社交性を、やはり部分的に引き継いでいた。つくるはそのどちらの資質もまったく引き継がなかった。
父親は一日に50本以上の煙草を吸い続け、肺がんを患って死んだ。つくるが名古屋市内の大学病院に父親を見舞ったときには、まったく声を出すことができなくなっていた。そのとき父親はつくるに何かを伝えたがっているようにも見えたが、それはもうかなわぬことだった。その一ヶ月後に彼は病院のベッドで息を引き取った。父親がつくるに残してくれたのは、自由が丘の1寝室のマンション、彼名義のまとまった額の銀行預金と、このタグ・ホイヤーの自動巻腕時計だった。
いや、他にも彼が残してくれたものがある。多崎つくるという名前だ。
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