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太宰治氏の小説における煙草について

「読んでおきたいベスト集!『太宰治』」宝島社から、たばこ(大半の記述は煙草)に関する文章を抜き書きしてみました。

『ダス・ゲマイネ』
▼43ページ
ほどなく暑中休暇に入り、東京から200里はなれた本州の北端の山の中にある私の生家に帰って、1日1日栗の木のしたにねそべり、煙草を1日70本ずつ吸ってぼんやり暮らしていた。
▼58ページ
佐竹はしずかに腕を伸ばして吸いかけの煙草の火を山脇の端にぴったりとおしつけた。そうして佐竹の姿は厳のように自然であった。

『富獄百景』
▼78ページ
井伏次は、濃い霧の底、岩に腰をおろし、ゆっくりタ煙草を吸いながら、放屁なされた。いかにもつまらなさそうであった。
▼79ページ
「どうも俗だね。お富士さん、という感じじゃないか」
「見ているほうで、あえって、てれるね」
などと生意気なこと言って、煙草をふかし、そのうちに、友人は、ふと、
「おや、あの形相のものは、なんだね?」と顎でしゃくった。
▼89ページ
10月のなかば過ぎても、私の仕事は遅々として進まぬ。人が恋しい。夕焼け赤き雁の腹雲、2階の廊下で、ひとり煙草を吸いながら、わざと富士には目もくれず、それこそ血の滴るような真っ赤な山の紅葉を、凝視していた。
▼95ページ
甲府へ行ってきて、2、3日、さ流石に私はぼんやりして、仕事をしする気も起こらず、机のまえに座って、とりとめのない楽書をしながら、バットを7箱も8箱も吸い、また寝ころんで、金剛石も磨かずば、という唱歌を、繰り返し繰り返し歌ってみたりしているばかりで、小説は、1枚も書きすすめることができなかった。
▼97ページ
私は、やはり2階から降りていって、隅の椅子に腰をおろし、煙草をふかした。
『女生徒』
▼137ページ
なぜ、敷島なぞを吸うのだろう。両切の煙草でないと、なんだか、不潔な感じがする。煙草は、両切に限る。敷島なぞを吸っていると、その人の人格までが、疑わしくなるのだ。いちいち天井向いて煙を吐いて、はあ、はあ、なるほど、なんて言っている。

『きりぎりす』
▼180ページ
私が、紅茶の皿を持ち上げた時、意地悪くからだが震えて、スプーンが皿の上でかちゃかちゃ鳴って、ひどく困りました。家へ帰ってから、母は、あなたの悪口を、一そう強く言っていました。あなたが煙草ばかり吸って、母には、ろくに話をしてあげなかったのが、なによりいけなかったようでした。人相が悪い、という事も、しきりに言っていました。見込みがないというのです。

『斜陽』
▼326ページ
あくる朝、直治は寝床に腹這いになって、煙草を吸いながら、遠く海のほうを眺めて、
「舌が痛いんだって?」
と、はじめてお母さまのお加減の悪いのに気づいたみたいなふうの口のきき方をした。
▼341ページ
上原さんは、お酒を飲み、煙草を吸い、そうしていつまでも黙っていた。私も、黙っていた。私はこんなところへ来たのは、生まれてはじめての事であったけれども、とても落ちつき、気分がよかった。
「お酒でも飲むといいんだけど」
「え?」
「いいえ、弟さん。アルコールのほうに転換するといいんですよ。僕も昔、麻薬中毒になった事があってね、あれは人が薄気味わるがってね、アルコールだって同じ様なものなんだが、アルコールのほうは、人は案外ゆるすんだ。弟さんを、酒飲みにしちゃいましょう。いいでしょう?」
▼409ページ
土間があって、それからすぐ六畳間くらいの部屋があって、たばこの煙で濛々として、十人ばかりの人間が、部屋の大きな卓をかこんで、わあっわあっとひどく騒がしいお酒盛りをしていた。私より若いくらいのお嬢さんも三人まじって、たばこを吸い、お酒を飲んでいた。

『人間失格』
▼507ページ
自分は、やがて画塾で、ある画学生から、酒と煙草と淫売婦と質屋と左翼思想とを知らされました。妙な取合せでしたが、しかし、それは事実でした。
▼510〜511ページ
酒、煙草、淫売婦、それは昔、人間恐怖を、たとい一時でも、まぎらす事のできるずいぶんよい手段である事が、やがて自分にもわかってきました。それらの手段を求めるためには、自分の持ち物全部売却しても悔いない気持ちさえ、抱くようになりました。
▼512ページ
------また、いつも買いつけの煙草屋の娘から手渡された煙草の箱の中に、------また、歌舞伎を見に行って隣の席のひとに、------また深夜の市電で自分が酔って眠っていて、------また、思いがけなく故郷の親戚の娘から、思い詰めたような手紙が来て、------また、〜。
▼517〜518ページ
それまで、父から月々、決まった額の小遣いを手渡され、それはもう、2、3日でなくなっても、しかし、煙草も、酒も、チイズも、くだものも、いつでも家にあったし、本や文房具屋その他、服装に関するものなど一切、いつでも、近所の店からいわゆる「ツケ」で求められたし、堀木におそばか天丼をごちそうしても、父のひいきの町内の店だったら、自分は黙ってその店を出てもかまわなかったのでした。
▼520ページ
自分もまた、知らん振りをして寝ておればいいのに、いかにもその娘が何か自分に言ってもらいたげの様子なので、れいの受け身の奉仕の精神を発揮して、実にひと言も口もききたくない気持ちなのだけれども、くたくたに疲れ切っているからだに、ウムと気合いをかけて腹這いになり、煙草を吸い、
「女からきたラヴ・レターで、風呂をわかしてはいった男があるそうですよ」
「あら、いやだ。あなたでしょう?」
「ミルクをわかして飲んだ事はあるんです」
「光栄だわ、飲んでよ」
▼555ページ
「いったい、どっちが貧乏なのよ。そうして、どっちが逃げるのよ。へんねえ」
「自分で稼いで、そのお金で、お酒、いや、煙草を買いたい。絵だって僕は、堀木なんかより、ずっと上手なつもりなんだ」
▼557ページ
シズ子の取計らいで、ヒラメ、堀木、それにシズ子、三人の会談が成立して、自分は、故郷から絶縁せられ、そうしてシズ子と「天下晴れて」同棲という事になり、これまた、シズ子の奔走のおかげで自分の漫画も案外お金になって、自分はそのお金で、お酒も、煙草も買いましたが、自分の心細さ、うっとうしさは、いよいよつのるばかりなのでした。
▼572ページ
けれども、その頃、自分に酒を止めよ、とすすめる処女がいました。
「いけないわ、毎日、お昼から、酔っていらっしゃる」
バアの向かいの、小さい煙草屋の17、8の娘でした。ヨシちゃんと言い、色の白い、八重歯のある子でした。自分が、煙草を買いに行くたびに、笑って忠告するのでした。
▼573ページ
としが明けて厳寒の夜、自分は酔って煙草を買いに出て、その煙草屋の前のマンホールに落ちて、ヨシちゃん、助けてくれ、と叫び、ヨシちゃんに引き上げられ、右腕の傷の手当てを、好ちゃんにしてもらい、その時ヨシちゃんは、しみじみ、
「飲みすぎますわよ」
と笑わずにいました。
▼576ページ
自分があの京橋のスタンド・バアのマダムの義侠心にすがり、(女の人の義侠心なんて、言葉の奇妙な遣い方ですが、しかし、自分の経験によると、少なくとも都会の男女の場合、男よりも女の方が、その、義侠心とでもいうべきものをたっぷりと持っていました。男はたいてい、おっかなびっくりで、おていさいばかり飾り、そうして、ケチでした)あの煙草屋のヨシ子を内縁の妻にすることができて、そうして築地、隅田川の近く、木造の2階建ての小さいアパートの階下の1室を借り、ふたりで住み、酒は止めて、そろそろ自分の定まった職業になりかけてきた漫画の仕事に精を出し、夕食後は二人で映画を見に出かけ、帰りには、喫茶店などに入り、また、花の鉢を買ったりして、いや、それよりも自分を心から信頼してくれているこの小さな花嫁の言葉を聞き、動作を見ているのは楽しく、これは自分もひょっとしたら、今にだんだん人間らしいものになる事ができて、悲惨な死に方などせずに済むのではなかろうかという甘い思いを幽かに胸にあたためはじめていた矢先に、堀木がまた自分の眼前に現れました。
▼579ページ
自分たちはその時、喜劇名詞、悲劇名詞の当てっこをはじめました。これは、自分の発明した遊戯で、名詞には、すべて男性名詞、女性名詞、中性名詞などの別があるけれども、それと同時に、喜劇名詞、悲劇名詞の区別があってしかるべきだ、たとえば、汽船と汽車はいずれも悲劇名詞で、市電とバスは、いずれも悲劇名詞、なぜそうなのか、それのわからぬ者は芸術を談ずるに足らん、喜劇に一個でも悲劇名詞をさしはさんでいる劇作家は、すでにそれだけで落第、悲劇の場合もまたしかり、といったようなわけなのでした。
「いいかい?煙草は?」
と自分が問います。
「トラ。(悲劇の略)」
と堀木が現下に答えます。
「薬は?」
「粉薬かい?。丸薬かい?」
「注射」
「トラ」


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福田こうへいさんの父とおじいちゃん!

▼福田こうへいさんが子どもの頃、「民謡歌手の息子」と馬鹿にされました。歌も上手ではなかったそうで、猛特訓して民謡日本一にはなりましたが、反発していた父はその時すでに他界していました。舞台で笑いを取る父が嫌いだったのですが、今は父と同じことをしていると語っていました。舞台にあがる身となって、父の苦労が良く分かるそうです。
▼福田こうへいさんは、ファンレターを何より大事にしています。はやりのメールやLINEとは違って、ファンレターは一手間かけているので、全部おじいちゃんにも読んでもらい、その後、ファンからの声の意味をおじいちゃんから教えてもらっているそうです。

礼儀正しさと類稀ない記憶力!

▼先輩歌手の皆さんにも評判が良く、水前寺清子さんによると「こうへいくんは、歌はうまいし、可愛らしい、礼儀正しいし、もっともっと活躍して欲しい」と述べていました。
▼12年間務めた呉服店の仕事振りは、巧みな話術で、福田こうへいさんがいると、よく着物が売れたそうです。一度でも接客した人を忘れず、お客さんの名前や顔はもちろん、どんな商品を買ってもらったかなど、いろんなことを良く覚えていたようで、歌手になってからもその特技が役立っているそうです。

杖を忘れるほど若返る!

▼ファンの多くは、福田こうへいさんのステージで「元気を貰って若返る。誰もが歌を聞いて、ウサを晴らしている。ステージの後は恒例の握手会。歌に込められた若返りの薬」なっていると言っています。
▼その典型的な話ては、「ステージでの忘れ物が多くて、中でも杖25本は記録」だそうです。杖をついてきたお客さんが、ステージが終わるとスタスタと杖を忘れて歩いて帰るのですね。

おやじギャグと七三の髪型!

2月1日放送のTBS【情熱大陸/福田こうへい】の感想・続編です。

▼ステージの前に、お客さんの顔ぶれを確認するそうです。
▼トレードマークは、「今日は快調、明日は社長。ティシャツ着ていただいるお客さん、どうもありがとうございます。買ったんですか。買わされたんですか?あんまり話しかけないで下さい。名前の通りこうへいにいかなくちゃいけないので。マスクしてるお客さん、風邪ですか?長引いてますね。それではそういう方のために『風やまず』歌います」などのおやじギャグと七三の髪型です。

女性の社会進出の今!

▼2015.2.1 5:30pm放送のBSジャパン【未来世紀ジパング】を見ました。フィリピンでは、家政婦の国家資格を持ち、海外で148万人が活躍しています。私も台湾で訪ねた家に、フィリピンの若い家政婦さんが働いていたことを覚えています。現在、「男性帝国は滅びる必要がある」とまで言われる時代です。
▼国内企業の動きとしては、2020年までに、イオンは女性管理職比率を50%にする計画があり、同様に日本電産でも20%を目標に掲げています。クロネコヤマトでは、家事代行サービスを開始し、女性の社会進出を支援するそうです。

ちょっと嬉しい!

▼昨日は、宇都宮相撲甚句会に出席してきました。
▼会の冒頭で3分間スピーチがあり、今回、私は「梅がほころんできました。甚句の花づくしにあるとおり、はや水仙の時期は過ぎ、旧芝離宮庭園、皇居東御苑、芝公園、湯島天神で梅見をしてきました。円安とニッポン人気で、外国人旅行者を多く見かけます。江戸川区内ではメジロを見かけ、東京にも野鳥が多いことを改めて知りました」と話すつもりでしたが、緊張のあまり言いたいことの半分もしゃべれませんでした。
▼相撲甚句では、師匠から丁寧なお稽古をつけていただき、どうにか最初から最後まで歌えた気がします。新しいことへの挑戦、一つの難関を越えた喜びが実感できました。嬉しいです。

「芸談・食談・粋談」(中公文庫)お終い

その9は「お終い」最終回の175ページです。私もこのコンニャクで、一杯やりたいです。

(3代目小さん師匠の奥さんの料理)
(小さん)コンニャクを千六本にきざんで、唐がらしをいれて、油でいためて、醤油で煮るだけなんだが…。
(興津)やっぱり手がこんでるわけだ。たしかに酒の つまみにはいい。

「芸談・食談・粋談」(中公文庫)その8

その8は、料理に関する157ページと169ページです。

157ページ(銀座天一の職人)
お客さんが揚げる天ぷらは、油で煮てるんで、うちのは油で揚げてるんだ」
169ページ
(興津)おにぎりに味噌つけたやつもうまい。こりゃあ焼いても焼かなくても結構いける。
(小さん)いい米をえらんで、釜で炊いて、手でよくにぎったむすび、これが食えれば理想的なんだけどね…。

「芸談・食談・粋談」(中公文庫)その7

その7は151ページ、お寿司のお話しです。

(興津)江戸時代ではあたらしいまぐろはなかなか食えなかったし、すっきりした味の好きな江戸っ子たちには、脂肪分の多い さかなは敬遠されたっていうから、高級じゃなかった。
(小さん)江戸時代には、まぐろを食ったことをひとにはなすときには、ないしょばなしでいったそうだから…。

「芸談・食談・粋談」(中公文庫)その5


その5は82ページ 、4代目小さん師匠が弟子を武者修行させるにあたって、その目的を述べた言葉です。図々しさと色気ですか。ずばり、私に最も欠けていることかも知れません。

82ページ
「芸は、ずうずうしくなくちゃいけねえ」って。「お前の芸には、ずうずうしさがない。色気がない。だから、金馬のとこへいって、そのずうずうずしさをおぼえて、文楽のとこいって、その色気を覚えてこい」って、まぁ、そのときは、そういわなかったけどけども、あとでそういいましたよ。

「芸談・食談・粋談」(中公文庫)その4

その4は79〜80ページ 、4代目小さん師匠が5代目小さん師匠に、芸事の奥義を語って聞かせた言葉です。61歳ともなると人生の下り坂、上りよりも下りの方が、楽なようで難しいとよくよく実感させられますね。

79〜80ページ
芸ってものは、あがるだけあがると、そこでとまるんだ。あと、急激に落ちるか、なだらかに落ちるか、どっちかで、もう、どんどん、どんどんあがっていくってこたはねえ。あがるとこまであがって、その人の限界がくれば、もう、そこでとまるんだ。「あの人の芸は枯れてきた」ってのは、これは、ことばをていねいにしてるんで、枯れてきたんじゃねえ。体力的にも、しゃべることにも、だんだん下り坂になってきたことなんだ」
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