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人生の棚卸しについて

『人生は50歳から』(三浦朱門著・学研M文庫)を読み終えました。2か所ほど大きな校正ミスを発見しましたが、内容的には自分自身の振り返りになりましたし、軽妙な文章表現も参考になりました。気に入った記述を抜き書きしてみました。

P52
小学校のころから、東大に、あるいは慶応、早稲田に入るために塾に通う、というようなことをしても、その努力は虚しいとは言わないにしても、それは駅まで走ってゆける体力をつくるために、子供の時から、長距離走を訓練するようなものであることを、知っておいたほうがよい。

P66
数学の不得意な子が頭が悪いとは言わない。作家の阿川弘之は旧制高校の入試で数学の成績が悪かった。飛び級してる子だし、入学は1年見送らせるか、という意見もあったが、総合点で及第しているのだから、と入試に合格したのだという。----しかし彼は大学を出て海軍に入ると、米軍の暗号解読の班に入るのである。

P70
(三浦朱門さんが定時制高校で英語を教えていたとき、卒業生に贈ったはなむけの言葉)
「君たちのうちに、英語ができた人もいた。できなかった人もいた。しかし卒業したらそんなことは気にするな。社会人、家庭人としての価値はそんなことにはない。君たちを囲む環境は厳しいかもしれないが、一生懸命に全力をふりしぼって生き、しかも君たちの人生を、そして君たちと共に歩くようになる人たちを愛して、誠実に接してほしい」

P83〜84
練習の国政選挙が始まった時は、25歳以上の、しかも一定間の「直接国税」を収めている男子だけね選挙権が与えられた。
「恒産なき者は恒心なし」
一定の資産のないような人間は、金でどうにでもなるからあてにならない、と孟子は言う。中国の思想であろうか。----
「女子と小人は養い難し」
という言葉もある。つまり女や教養も資産もない庶民はとてもじゃないが、真面目に相手などしていられない、という意味である。儒教はこのように、決して民主主義的な思想ではない。

P89
今日、臨時社員と正社員との間に格差があることが、社会問題になっている。しかし大学では昔から今に至るまで、時間講師と言う臨時教員が、全教員の中でのかなりのパーセンテージを占める。

P108
あらゆる職業で、その職業に従事しているがための、肉体の変形があって、それは「一人前」になった証拠として、それなりに評価されたものであった。

P125
ただ、この年代に20代をしっかり生きてこなかったために、社会のお荷物になる人も現れる。前に30代ですでに、酒のために見限られる男の例をあげたが、対象が同じ女でも勝負事でも同じである。昔から、「飲む打つ買うは男の甲斐性」と言った。女性でも、労働組合の保護もあってクビにならず、結婚もせず、かといって仕事のベテランにもならない、といったOLがいるものだが、彼女らも、密かにこの3道楽に浸っている人が多そうだ。

P138
もっとも近代になったからといって、ストレートに寿命が延びたわけではない。明治の文壇を代表する人として、鴎外と漱石をあげるなら、医師でもあった鴎外が60歳、漱石は49歳で亡くなっている。

P165
子供が十代のころは、彼らの養育や教育に追われて、自分の十代の体験を彼らにかさね合わせるよりも、時代の違いが大きいから、子供を当時の社会状況に合わせて育てることのほうが多かった。
しかし子供が結婚して自立し、人の親になると、少なくとも家庭人として、彼らの現在を過去の自分に投影することができる。父として、母として、また幼児を育てる親としての体験は、世代や時代を通じて、そうそうは変わるものではない。
うちの息子、あるいは娘も、あの頃のオレ、あるいはアタシと同じ悩みを悩んでいるし、しかも見当違いに楽天的になっている、といったことが見えてくる。同時にそのように思う自分に、自分が若かった頃、60歳だった自分の親たちの気持ちや生活を投影することもできる。

P219〜220
「はい、喫煙は喫煙所でどうぞ」
「お若い旦那がた、ここは老人、妊婦、障害者の席。立って、立って」
などとやって、いやがられるならまだよいが、殴られたり、刃物で刺されたりする老人がたまに新聞種になる。

P237〜238
「出エジプト記」によると、モーゼというカリスマ的指導者が現れ、奴隷であったユダヤ人を連れて、エジプトから解放するが、ユダの荒地で40年を過ごす。そして約束の地であるカナンを遠く見渡せる地で、モーゼは永遠の眠りについたとされる。
何故、ユダの荒れ野のような、食料どころか、木も乏しい土地で40年も過ごしたのだろう。その辛さに耐えかねて、こんなことなら、エジプトで奴隷でいたほうがましだ、とモーゼに背く者たちさえいたのである。それは奴隷として生きたものは所詮、奴隷であって、約束の地に行っても、自由人として生きることはできない。それでモーゼは奴隷として生活した者たちが死に絶えるのを待っていたのだという。

P239〜240
1828年、オランダ人と称して、来日したシーボルトなる医師が、鎖国日本の秘密を持ち出そうとしたとして、関係者とともに逮捕、幽閉され、翌年、国外追放になる。しかし彼は帰国後、日本についての書物も出版して、その抄訳は英訳もされたから、当時の先進国の間で、日本への関心は一挙に高まった。

P260〜261
----1985年に、ソ連ではゴルバチョフが書記長になる。彼のさまざまな施策にもかかわらず、社会主義政権の経済の破綻は冷たい戦争の終結と、東ヨーロッパ地区の社会主義政府の解体、自由主義圏への移行となり、ソ連すらも解体する。
日本ではバブルの崩壊、ドルの威信失墜もあって、中近東で戦乱が起きる。
だから自分の生き方を決定するなら、大きな社会の流れを見る必要がある。----

P262
考えてみると妙なものである。もし私が父と同じ年齢まで生きるとすると、わずか20年ほど働いただけなのに、半世紀近くも年金を貰うことになる。年金について言えば、43歳の私は、まだ生活力は10分あったのだから、給付は22年待っても、いや、30年後であってもよかったのである。
その意味で、50歳以降の自分の生き方を考えるとき、やはり時代の大きな節目を読みきっていなかったという悔いがある。

P269
ヨーロッパ人の労働を忌避する感情は、キリスト教、その旧約聖書の神話に由来するかもしれない。「創世記」によると、最初の人間であるアダムとイブは、ヘビの誘惑に負けて、知恵の木の実味を食べた。神の怒りを買って、エデンの園という楽園を追放される。そして神の戒めを破って、知恵の木の実を食べた報いとして、イブはお産の苦しみを、アダムは妻子を養うための労働の苦しみを課せられることになった、という。つまりキリスト教の中に、労働を神の罰、人への呪い、苦役と見る思想がある。それだから、労働をできるだけ避けようというのであろうか。

P270
近世になって、中国に勤務したヨーロッパの外交官が、汗まみれになって、テニスをしているのを見て、中国の高官が、
「そんなきつい仕事は、召使いにやらせればよいのに」と言ったという。
中国の身分がある人は長袖の服を着て、手が出ないようになっていた。だから汗まみれになってラケット振るうヨーロッパ人の気持ちが理解できなかったのであろう。----
スポーツか、労働かしらないが、とにかく人間、全力をふるってやるべきことを、肉体と精神が許す限り、実施することが、ことに50歳を過ぎてからは必要である。50歳までは、仕事という、自分の存在意義を明らかにするような、それによって、自分の能力を磨き、自己実現を行うという気持ちがあってよい。

P277
老いさらばえて、寝たきりになると、子供たちは決して頼りにならないことは覚悟したほうがよい。当てになるのは、全く血のつながらない配偶者だけである。結婚して10年も経つと、いったい、何でこんなのと結婚したのかと不思議に思うこともあったのに、結婚して半世紀が近くなると、気分が分かり、老いた肉体を引きずって生きる要領が分かり合えるのは、やはり配偶者なのである。



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