時々刻々、50歳台半ば過ぎの男の観察日記です!
10 * 2009/11 * 12
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 - - - - -
03/17
歌は読むように、舞台の科白は歌うように…
○ 僕は音感がすこぶる悪く、詩吟教室へ通うまで「日本語にもアクセントがある」ことを知らなかったし、詩吟の先生から今でも音程の乱れを指摘され続けている。カラオケでは演歌の中でも音域が狭く、テンポの単調な曲しか歌えなかった。北島三郎さんものでは、テンポが速くリズム感のある「薩摩の女」をやっと歌えるようになったが、ゆったりとした曲は苦手であり、かえって一語一語の発音がむずかしいのである。それでもどうにか、今は「年輪」や「斧」をそれなりにこなせるようになってきた。

○ 同じような傾向としては、小林旭さんのゆったりとした曲調の「熱き心に」と急テンポの「自動車ショー歌」がまるで歌えないのである。しかし、「ショーがないね節」というアップテンポの曲を聴き、自分に合ってそうだったのでトライしてみた。初めは身体がついていけず、メロメロになってしまったけれど、何とか人前で歌える感触を得たので、先日、仕事仲間の前で初めて歌ったのである。結果は「大成功!」のようだった。ドキドキしたけど、身体は喜んでいた。

○ テレビを見ていたら、「歌は歌うのではなく語るものであり、舞台の科白は語るのではなく歌うもの」らしいことを教えられた。逆説的であるが、けっこう説得力がある。詩吟教室の先生も、「漢詩や和歌の読みが大事なので、素読を欠かさず練習して下さい」と繰り返し述べておられた。たしかに、流行歌においても耳を澄まして聞けば、一語一語の発音や発声がしっかりしているのだった。お稽古ごと、流行歌とはいえども、奥が深いものだと実感しているのである。
この記事へのコメント

管理者にだけ表示を許可する
 

この記事のトラックバック
TB*URL

Copyright © 2005 水元正介アーカイブ.
all rights reserved.