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食生活を考える(その4) ('99/12/)

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▼  11月10日、テレビ朝日のニュースステーションで、三重県に残る千枚田(棚田)の特集が放送された。先祖代々、400年前ほどから耕されてきた当地の2,500枚にも及ぶ棚田は、高度成長期からバブル期にかけて減少し続け、数年前には約500枚まで落ち込み、「このままでは、小さな頃から馴染んできた 千枚田が、本当になくなってしまう」という強い危機意識のもとに、地元の高齢者を中心に「千枚田保存会」をつくった。
 自分たちだけの力では現状維持すら限界があるので、「一口3万円」の会員をつのり、棚田1枚の米の権利を販売したところ、遠くは東京在住者に至るまで多数の応募が集まって、現在は1,200枚ほどの棚田まで回復したとのことである。
 秋の収穫時期には会員が集い、地元の人たちと一緒に稲刈り、自然乾燥の準備までを行っている様子を見て、僕は「これって、いいなあ。自分は、まだ稲刈りができるかな?」と懐かしく、お年寄りの日焼けしたにこやかな表情、手や顔のしわ1本1本に素晴らしい価値があるんだな、と感激した次第である。

▼ それに、日経新聞(1999.11.14)の「列島プラザ」の中で、宮城のカキ養殖が広島を追い上げており、その要因は漁業者が植林し、海をきれいにするという意識改革がジワリと効果をあげてきたからだろう、と記述されていたことが印象に残った。
 気仙沼湾の漁民が10年前から始めた、「漁師が山に木を植えよう」という地道な運動は、昭和40年代から50年代にかけての赤潮被害が運動の出発点になっている。唐桑町は小さな町なのに、農業、林業、漁業は別々で相互交流は少なかったが、赤潮被害をきっかけに、「気仙沼湾の生物を育てている森や河川が危ない。湾に流れ込む大川上流の室根山に木を植えよう」という行動につながったとのことである。
 もちろん、木といっても杉ではなく、保水力が高い上に、枯れ葉の堆積による豊富な養分が期待できるブナやミズノキを、農家から提供された気仙沼湾沿いの山に、慣れない手つきで植え続けてきたのだ。唐桑町の畠山さんによれば、「最近、カキ養殖場でウナギを時々見かける。ウナギは、きれいな海のバロメーター だから、やっと運動の成果が出てきてうれしい。」と語っていた。

▼ 気仙沼の南の志津川湾でも、6年前から木を植え始めた。そのきっかけは、海と山の青年たちとの対話であり、山の人たちは自分たちの森を提供し、海の人 たちが木を植え、44ヘクタールについて、伐採を極力抑えて森を保存する「水源涵養(かんよう)保安林」の指定に向けて申請したそうである。
ただし、1997年に政府の公共事業抑制政策で新月ダム建設計画が凍結されているものの、再開に向けた動きが懸念されている。ダムと河川の関連について、松永北海道大学教授は「ダム建設により、河川から海に流れ込むケイ酸塩が減少し、ケイ素の殻を持たない植物プランクトンが増え、赤潮が発生しやすくなる」と分析している。
 地元住民の知恵や工夫も手伝って、宮城県漁連のカキの共販金は100億円を超えることが確実視され、Uターンしてくる人たちも増え、カキの生産基盤は安定してきているようだ。
 一方の広島では、台風被害や貝毒、赤潮発生で、ここ数年減少傾向にあり、現在ではピーク時(1987年の15,800㌧)の半分にまで落ち込んでいる。 ここでも、河口堰の建設でカキのエサとなる植物性プランクトンが減り、漁場自体の生産力が落ちていることが最大の要因であると指摘されている。

▼ ところで、僕は最近、昼休みに職場の近くの床屋へ散髪に出かけたら、「森」という漢字を構成する「木」を「水」に換えたデザインの東京都水道局のポスターを見かけた。そのコピーは、「きれいな森がうまい水をつくる」であった。だからというわけではないが、今や問題の本質については誰もが気づきつつある のだろう。
 愛知県の自治体における「21世紀課長」のように、地方自治体では縦割り・予算配分主義の行政(補助金の画一的な基準に沿った公共事業など)から脱却し、真に住民が求めるものを住民参加のもとで行っていくことが重要なのである。中央省庁の縦割り行政等の弊害については、従来から指摘され再編することが 決定されたものの、一つの省庁における問題解決の仕方や、横断的な発想による企画能力こそが問われるべきではないだろうか。
農林水産省は、個別的な課題の最適化を求めるだけではなく、気仙沼湾や志津川湾でとりくまれたような、農業・林業・漁業に従事する人たちの「全体を最適化していく発想」にこそ、真剣に学ぶべきなのである。
 農水省は、今回の新基本法の理念について
(1)食料の安定供給の確保
(2)多面的な機能の発揮
(3)農業の持続的な発展
(4)農村の振興

の4点をあげているが、次から次へと目先を変えながら、予算獲得・補助金交付による政策の遂行という手法では、複雑に関連し合っている問題点の解決にはならないし、とくに「自国民の食料」という重大なテーマについては、けっして「スローガン倒れ」にさせてはいけないと思うのだ。

▼ 最後に、前回の投稿のテーマであった小便小僧のベルギーは、ビールがうまいことでも有名であり、子どもの頃からビールを飲ませることによって、甘い物好きの幼児期にビールの酸味を覚えさせ、味覚の幅を広げ、優秀な跡継ぎを養成するそうである。
小国ベルギーは、地場ビールだらけの国でもあり、銘柄ごとに専用のグラスがあって、冷やしてからゴクゴクと喉の渇きをいやすものではなく、ゆっくりと味わうお酒と位置づけられている。それぞれが、ナンバーワンをめざしてシェアを争うのではなはく、オンリーワンという個性を尊重した文化にまで到達していると いう。
 ビール会社は、小麦とホップを栽培する農家を兼ねている場合もあり、その多くは家族的経営である。それぞれ銘柄の味は代々受け継がれ、親と子は師匠と弟子のような関係にあり、木の樽も一つ作れば100年は使う。お店で、ベルギービールをお客様に提供するウエイターのサービス向上にも力を入れており、正式なコンテストが実施され、7~8年の経験者が緊張した雰囲気の中で実地試験に臨んでいた。
というわけで、僕は今回の投稿を通して、「食生活」というものには文化的な要素、それを支える人、きれいな水、土地、さらには国家的な支援プログラム等が、バランス良くミックスされるべきだと痛感したのである。
 なお、今回の投稿にあたっては、NHKの「クローズアップ現代」や衛星放送の「ベルギーのビール祭り」を参考にするとともに、講談社現代新書の『<自己責任>とは何か』(桜井哲夫著)等を参照した。
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保安林保安林(ほあんりん)とは、公益目的を達成するために、伐採や開発に制限を加える森林のことである。農林水産大臣または都道府県知事が森林法に基づき保安林として指定する。この場合、森林とは木竹の生育に供される土地を指し、現時点で生育しているか否かは問われな

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