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中部地方のお正月には詩吟が披露される! |

※ 12月18日(火)、友人たちとの忘年会で、写真を撮ってくれたHくんにケータイのカメラを向けたのですが、明らかな逆光なのでした。
◎ 12月28日は職場の仕事納めでした。軽く乾き物で乾杯し、そろそろお開きになろうという頃、私は久しぶりのお酒のせいでウトウト眠っていました。Nさんに、「水元さん、寝てるんですか!」と声をかけられ目を醒ますと、うちのボス(労組委員長)が「水元くん、以前から聞きたいとは思っていたんだけど、ぜひとも年末にちなんだ詩吟をやってくれないか。というよりも西郷隆盛の漢詩を聴きたいなぁー」と言い出しました。
◎ 私が詩吟をやっていることは、職場の中で知っている人は数人しかおりません。まして詩吟そのものに関しても身近に聴いたことのない人が大半です。さらに、仕事の納めに余興をする習慣もなかったので、多くの人たちは不思議な表情をしておりました。「それじゃー、詩吟教室や流派のイベント以外で吟じても良い、という宗家からのお許しを得ていますので、一吟やらせてもらいます」と覚悟を決めて、西郷南洲作「失題」をご披露させていただきました。
◎ 自分でも驚くほど落ちついて吟じ終え、喝采を得ることができました。そしたら、名古屋へ翌日帰省予定のNさんが、「水元さんが詩吟とは驚いたな。実は、うちの父と妻の父も詩吟の先生をしていて、テキストにヒゲのような記号したり、お正月には2〜3吟親族の前で披露したりしていうるよ。今度の正月も聴かされるはずなんだ」と言いました。そういえば、天洲流吟詠会の通信教育を受けていた大先輩の平田様も名古屋出身です。「お正月に、毎年、子どもや孫たちの前で吟詠している」と聞いてはいたのですが、Nさんの言葉で中部地方における詩吟のポジションは、関東地方とは比べにならないほど普通に存在していることを再認識させられました。
初投稿です、鼓太郎です。
うちの舞の宗家が、以前に言ってました。
「僕らが小さかったころはテレビもゲームも無かったから、詩吟が遊びのようなものだった」と。
(宗家は三重県・尾鷲の出身でした)
これが関西に多い傾向なのかどうかは分かりませんが、もし自分に将来子どもが授かったら、勉強道具やゲームの前に詩吟の教本を持たせてみようと思います(笑
うちの舞の宗家が、以前に言ってました。
「僕らが小さかったころはテレビもゲームも無かったから、詩吟が遊びのようなものだった」と。
(宗家は三重県・尾鷲の出身でした)
これが関西に多い傾向なのかどうかは分かりませんが、もし自分に将来子どもが授かったら、勉強道具やゲームの前に詩吟の教本を持たせてみようと思います(笑
鼓太郎 [URL] 2007/12/31(月) 21:53 [EDIT]
